時系列的には「疑い」からの続きになります。
生後1日目。
夫婦でコウくんのダウン症を疑い、
看護師さんに小児科の先生と話がしたい、とお願いし、
面談日を設けてもらうことになりました。
ダウン症の人に対して、悪いイメージがなかった私。
コウくんがダウン症だったことに対しては、
あまり悲観的な気持ちにはなりませんでした。
とは言え、ダウン症の子が生まれてくるとは想像もしておらず、
不安に思うことは次々に湧いてきました。
合併症はないのかな?
あとから何か病気になったりしないかな?
寿命はどのくらいなんだろう?
保育園は?学校は?自立できるのかな?
そして二人のお姉ちゃんたちのこと…。
コウくんのことでいじめられたりしないかな?
もしいじめられた時、コウくんのことどう思うんだろうか?
結婚する時、障害にならないかな?
将来迷惑かけちゃわないだろうか…
私たち親がすこしでも長生きしなきゃ・・・
そう思うと、父ちゃんとダウン症を疑った日の夜はほとんど眠れませんでした。
授乳する時も、コウくんはほとんど直母で飲むことができず、
哺乳瓶で時間をかけてやっと10cc授乳していました。
哺乳力がないのもダウン症の特徴…
せめてもっと大きく生んであげていたら、
口が大きければ、力があれば、もう少し飲めたかもしれない。
私の子宮が薄くなければ、38週まで待てたのに。
いやいや、アルバイトなんてしてたからお腹が張ったんだ。
お姉ちゃんたちはほとんど病院に行くこともないほどの健康体なのに…
ぐるぐる頭の中を駆け巡っていました。
次の日、父ちゃんが面会に来た時、
父ちゃんは疲れた顔をしていました。
「眠れなかったの?」と私。
「眠れなかったよ。職場でもずっと考えちゃってて…。」
私も…と夫婦で思っていたことを話して、少し涙ぐんでしまいました。
「早く大きくならないかね~。
今日の日を、あんなに心配してたのが嘘みたい、って笑いたいね。」
「うん…。」
でも、その日は意外と早くやって来ました。
授乳するたび胸に抱いて、顔を見ては、
「やっぱりそうだな~」なんて思っていても、自分の子です。
大好きな父ちゃんの子です。かわいいのです。愛おしいのです。
将来のこと?もちろん不安だよ。けど今から考えるの?
みんな普通に生活してるよ。きっと大丈夫!
もし合併症があったら、治療するよ。
それより今は母乳飲ませるのが一番の課題でしょ。
しっかりしなさいよ!
と、自分に喝を入れていました。
そして、それに拍車をかけたのが、私の母でした。
先生との面談前にたぶんダウン症だと思う、と母に伝えました。
「ごめんね。ショックだった?」と言った私に…
「別にショックなんかじゃないわよ!
ダウン症の子って、かっわいいんだから~。
知ってる?エンジェルちゃんて言われてるのよ。
とにかくかわいいかわいいって、大事に育てりゃいいのよ。
将来のこと?今からそんな心配してどーすんのよ。
そん時考えなさいよ。」
「…だよね。」
昔からハキハキ&ズバズバいう人でした。
父も母も何でも「大したことないよ」と言う、楽天家。
そんな両親にイライラしたこともあれば、救われたことも度々ありました。
この時は…救われた時でした。
気持ちは上向きになり、授乳の度、
「かわいい、かわいい私の赤ちゃん。大丈夫、大丈夫。」
とコウくんと自分に何度も唱えていました。
生後2日目、黄疸のため光線治療が始まりました。
「ぼくの顔の半分は、おでこで出来てます…」
ご訪問ありがとうございます。
沖縄で美川憲一のものまねする芸人、魅川憲一郎さん。
しばらく本気で本人だと思っていました。
