さて、なんとか慶應に合格した次男は、受験と浪人で1年半もの間サッカーから離れてモゾモゾする身体を持て余して何かの体育会に入部したがっていた。

とは言え、慶應のサッカー部は半分プロ集団のようでとてもとても試合には出られそうもない。

そんな人の選択はラクロスかアメフトらしい。

どうもラクロス部の練習は早朝らしく、それでなくても日吉は遠いのでくじけ、必然的に次男はアメフト部への入部を決めた。

 

とはいっても、公認会計士の在学中の合格を目指して3年生になったら試験勉強を本格的に始めるため、2年生でやめる前提で入部した。

 

さて入部してみると、城北中・高で昭和的な鍛えられ方をしてきたので厳しいと言われている練習も難なくこなし、昭和的に監督に言われたことを守る習性が沁み込んでいるので「体重を85キロにしろ」(次男の入部当時の体重は68キロ)と言われれば、頭を抱え込んで食事を掻き込んでいた。

 

結果、1年生からほとんどの試合に出ていたが2年生の6月の試合で靱帯損傷、前十字断裂で担架で運ばれた。

このシーズンはもう試合には出られないことになったが、じゃあ怪我をしたら練習はできないから勉強に集中できるかと思いきや、相変わらず毎日練習には顔を出さなきゃいけないし、かえってリハビリに余計に時間を取られ、会計士試験の勉強どころではなくなった。