四日市中央工業高校サッカー部の樋口監督の話を伺う機会がありました。


樋口監督はその中で、メンタルの可能性について教えてくれました。


高校生は毎年チーム作りのカラーが違うと。


2012年チームが全国で準優勝した時。

2年生主体のチームだったが、試合に出られない上級生である3年生が後輩たちを支えて、ぶれることがなかった。
それが、全国で準優勝した要因である。と話されました。

腐らずに、陰でサポートすることに集中した当時の3年生の姿を想うとジーンとくるものがあります。


一方で、今年ベスト4まで行ったチームは、三重県で優勝しても、とても、国立競技場まで行けるとは思わない状況だったそうです。

それが、試合ごとにチームが成長していくのがわかったそうです。


日本代表の若い代表U-21等の代表は、ユース出身が多いが、オリンピックやフル代表は、高体連出身つまり高校サッカー出身者が多い、ということです。


うまい選手と信頼される選手は違う。


去年のチームのキャプテンは、学校での掃除もしっかり行うような立派な学生だったといいます。



強豪チームを作るには、立派な人格の人間をつくること。


教育の原点を見るような、深く含蓄のあるお話でした。





樋口監督と進行役の稲垣昭義県議

今日から新年度。

四日市市役所でも、新規採用職員の入庁式が開かれたり、街ではリクルートスーツの一団が歩いていたり。

そんな風景を見ると、仕事をし始めた初心を思い出すもんです。

ところで、以前どこかの入社式の社長の言葉として紹介された話がありました。

君たちは、今日から会社という組織で働く組織人です。
しかし、組織人だからといって組織に服従して、それぞれの個をつぶさないように仕事をして欲しい。
組織を背負い、組織の中で働くけれど、個を磨いて、個を発揮する仕事をして欲しい。


そんな言葉を述べてました。
それぞれの特色が活きる組織になるように。
今年入庁した市職員も、ぜひ組織の中で個が光る仕事をしてもらいたいし、僕ももう一度初心に帰って新たな気持ちで一年間仕事に取り組んでみたいと思います。



Android携帯からの投稿

友人の一人が亡くなった。

土曜日の夜、私の主催する集まりに来てくれて、今年のお互いの活躍を誓い、帰りに固い握手をした。


その帰りに横断歩道を渡っている途中で、交通事故に遭い亡くなった。


遺体と面会しても、未だに実感できない自分がいる。

もし彼が電車を乗り過ごさなければ。もし違う方法で帰宅していたら。

やるせなさが残る。


もっといろいろ話をしてみたかった。これからやりたいことをもっと聞きたかった。悔いが残る。


FB上でも彼を悼む書込みが多くされている。

本当にたくさんの人々に愛されて、たくさんの人々に期待されていた人物だった。

消防団や異業種団体に所属し、いろいろな会場で見かけて話して、彼の他面的な活躍を嬉しく思っていた。


彼が人生で最後に会話をかわしたのが私かもしれない。

その私が、彼のことをずっと忘れないこと。

そして、37年というあまりに早すぎる生涯の彼の残りの分まで、私自身が充実した人生を送ること。


こう決意することでしか、この気持ちを整理して前へ進むことができない。


中村斉晃くん。生前親しくしてくれて本当にありがとう。




21世紀になった2000年から今年の2013年までの14年間。


国政選挙は、何回あったかご存知でしょうか?





2000年 6月  衆議院選挙

2001年 7月  参議院選挙

2003年11月  衆議院選挙

2004年 7月  参議院選挙

2005年 9月  衆議院選挙

2007年 7月  参議院選挙

2009年 8月  衆議院選挙

2010年 7月  参議院選挙

2012年12月  衆議院選挙

2013年 7月  参議院選挙


なんと、14年間で衆議院5回、参議院5回の計10回。

1年3ヶ月に1回は選挙があった計算になります。

これまで長い期間でも10年7月から12年12月までの2年5ヶ月空いた程度です。


日本国民はその時々で、時には自民党に勝たせたり、民主党に勝たせたりして、バランスの良い選択をしてきました。


しかし、今日の選挙を過ぎると衆議院の任期は2016年12月までですから、

安倍総理が解散しない限り、次回2016年7月の参議院選挙まで3年間国政選挙がないことになります。



もし来年、再来年国政の重要課題が浮上しても、国民が選択する機会はありません。


その意味でも、2013年7月の参議院選挙が重要な意味を持っているのが分かると思います。


選挙にはぜひ!いかなければなりません。





四日市市議会6月定例月議会の一般質問で、土砂災害に関する対策について質問しました。


土砂災害については、昭和44年に制定された

急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(急傾斜地法)


という法律と平成13年に制定された

土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(土砂災害防止法)


の2つの法律があります。


ざっくり言うと、急傾斜地法は、がけ地(急傾斜地)のハード整備を図る法律

土砂災害防止法は、急傾斜地の災害防止のためのソフト面を整備する法律

ということが言えます。


四日市市は、ハード整備とソフト整備ともに、対応自体は早く、

がけ地をコンクリートで覆う「急傾斜地崩壊対策事業」や「がけ地近接等危険住宅移設補助金」の整備等はすでに昭和40年代に整備をしていました。


しかし、今回この移転補助金の交付実績を調べますと、なんと昭和60年に申請が一件あったのみ。


それ以降30年、一度も申請が出されていません。


市として、この移転補助金を市民に周知している形跡もありません。


補助金要綱だけ作って整備をしても、市民が利用できるように周知していなければ、まったく無意味な制度でしかありません。


確かに、この補助金は、写真のようにコンクリートでがけを覆う「急傾斜地崩壊対策事業」がなされた地域では活用できません。


四日市市議会議員 よしの正英のブログ


しかし、その後土砂災害防止法制定により、今まで危険地帯と指定されておらず、今後移転補助金の対象になるだろう地域が拡大した平成22年以降も対象地域の住民に市から何も説明していませんでした。


理由は、この補助金が、土砂災害対策を図る河川排水課ではなく、建築指導課の所管だったから。

つまり課の間の連携がうまく図れず、河川排水課がこの補助金の存在を知らなかったからです。


まさに、縦割り行政の弊害がモロに出ました…



今後の綿密な連携の必要性と住民への周知の徹底を強く依頼して、質問を締めくくりましたが、今後本当に答弁通り対応しているか、チェックを図っていきたいと思います。