病室に着くと、私の知らない、見たことの無い主人の姿があった。

酸素のマスクを付けられ、目は閉じたまま、

暑いのか、、鬱陶しいのか、、しきりに衣服を剥ぎ取ろうとする、

酸素マスクを外そうとする、紙オムツを外そうとする、

「えらぁ、えらぁ」と絞り出すように言葉を発する。

「えらぁ」とは、「えらい」と言う方言で、「しんどい」「辛い」の意味。

「来たよ」と声をかけると、小さく頷いた。

個室を用意出来る旨を伝えられ、お願いした。

私用に寝具のレンタルを用意出来ると言われ、携帯の使用も可能との事。

二人の時間が始まる。

喉が渇くのかしきりと水を欲しがる。

右手で口元に飲む仕草をする。

勿論、飲めるはずも無く、飲ませてはいけないことも知っている、

ナースステーションへ行きスポンジを水を用意して貰う。

唇を拭いてやると飲むような仕草を見せる。

「えらぁ・・」と水を欲する繰り返し・・

「あんた一人がえらいんじゃないで、○○(娘)だって帰って来とるやろ?○○ちゃん(孫)だってあんなに小さいのに「じぃじ」って、来たやろ?皆一緒やで、皆おるで、皆えらいで」と言うと、小さく頷いてそれ以降「えらぁ・・」は言わなくなった。

何度も口を濡らしてやりながら

「あんた、ここ何年かは私に何にも話さん、言わんかったけど、私に言うと怒られると思って言わんかったん?私が怖かったんかな?」と問えば、頷いた。

怖かったんかい!色々抱えていたんだろうに・・相談することも憚られるくらいじゃったんかい!ま、言えば怒られるのは必至じゃからな。

「これからは何でも言うてや、私もほっといてわるかったけど・・」

頷いた。

「あんたが二十歳で私が19の時に初めて逢ったの覚えとる?」

頷いた。

「覚えとんかい!?」

頷いた。

「あれから40何年、二人でそれなりの旅じゃったな・・」

頷いた。

それが最後の会話、程なくして顎呼吸になり旅立って行った。。

色々あった。

晩年、10年くらいは別宅暮らしの敷地内別居だった。

アルコール依存症。

二人が出会って45年、あんたが居たから、出会ったから娘が生まれた。娘が居たからあんな可愛い孫が生まれた。

あんまり寄り添って来れんかったけど、、ありがとう。

叔父夫婦次いで妹夫婦が来てくれた。

連絡が入る度、夜間入り口まで降りるのだが、この時の守衛の

おじさんが(私が度々出たり入ったりするもんで)感じ悪く面倒くさそうな態度だったのを覚えている。私の脳内は都度舌打ちだった。

Drが「皆さん逢われましたか?」と聞いた。

「娘が今最終の新幹線で向かってます」

「もう少しまちましょうかね」と、Dr。

少し眠れるようにするのを待つと言う、自分の娘と認識して言葉が交わせるように待つと言うことだ。

12時過ぎ娘を最寄り駅まで迎えに行く。

土砂降りに近い位の雨だった。

後で娘に聞いた、娘だとわかり「帰ってきたんか?」と言ったそうだ。

「帰ってきたよ、○○(孫)もおるよ」

主人は頷いたそうだ、「○○(孫)は、あれよ、おばぁさんと・・」と、

意味不明(娘が言うに「何言っとるかわからんかった」)なことを話したそうだ。

こうして書いていて今改めて思う・・

この時、主人は(人は)悟るんだろうか?

こうして次々身近な者が逢いに来る、こんな夜中に。

それが夜中ということは解らないにしても、、何だか普通じゃ無いと解るんだろうか?そしてもしかしたらそうなのか・・と悟るんだろうか?

一旦、私達は帰らされる。容態が急変するような事があれば私に連絡が入る、ということで。

2時半過ぎ、携帯が鳴る。

「急がなくていいですよ、ゆっくりでいいですから、こちらに向かえますか?」と言われた。

リカバリー室(そう呼ぶのが正しいのかどうかわからないが)には何人も他の患者さんが居るので、個室を用意できるがどうか・・の旨を問われた。勿論、お願いした。そこは、最後を家族で・・みたいだと思った。

主人は小さく頷いた。

「何処に?」

「○銀」と、銀行名を言う。

この時、主人は私の方を見なかった、ベッドの自分の布団に目を落としてた。

私は、主人がメインバンクにしているその銀行にそのくらいの預金はあるだろうと思った。

ぶっちゃけて言うと、義母が他界し、少し要介護の義父が他界したとき800万の預金を残してくれた。

私はそれを主人から直接聞いたわけではない。

娘を通して知った。

その頃から、いや、それよりずっと前から私達は会話など無かった。ま、それはいいとして・・

娘が結婚するとき200万主人は包んだ。

それは義父が残してくれたお金だと思ったが、それはそれで有り難かった。残り600万。。

家に帰って程なくして病院から電話があった。

酸素吸収の状態がよろしくない・・と。

今現在は問題ない状態だが、安定しない・・と。

もしもの場合、かねてよりの話の通りの処置でいいかとの確認。

私は承諾の旨を伝えた。

夕方、病院へ戻る。

面会すると「(私が)帰った後、急に息苦しゅうなっての・・」

と、ベッドに横たわって話す主人がいた。

「今は、ちょっと楽なんじゃ・・」と、酸素のマスクを装着してもらった主人がいた。普通に話した、入院患者とその家族のように普通に話ができた、少し安堵した様子の主人が居た。

Drからは、連絡したい人に連絡を取ってくださいと言われた。

苦しくないように眠るような処方をするので意識のあるうちに家族と話ができれば・・と、言うことだ。

主人の妹、叔父、娘に連絡をいれる。

4月1日の夕方。