繋がりたい。 | ムニエル。

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医療事務歴16年、



医療事務は楽しく♪がモットー。



あなたと、いろんなお話がしたいな・・・・。



☆診療情報管理士通信教育スタート!69期生でつ '`ィ (゚д゚)/

横浜に住んでいる高校からの同級生から

ポストカードが届きました。


来月、「プランタン銀座」で個展をするから

覗いてみてね、という内容でした。





この子がいたから

高校生活めちゃ楽しかった!っていうくらいの

友人です。



彼女は名古屋芸大~大学院へと進み、


ドイツのハイスクールで日本語を教えるかたわら


ずっと、油彩で絵を描いてきました。


大学在学中より頭角を現し、

すでに画商もつくほどの腕前。



彼女は小学生からバスケットボールをはじめ

中学当時には、他県やなんと当時世界でもトップクラスだった

中国のハイスクールからも留学の話が来るほどの

選手でした。


しかし、高校に入学してまもなく、


放課後の誰もいない美術室で

一枚の絵画と出会い、



バスケ」を捨てて、美術部へ入部したのです。



その頃はみんなで

「華やかなバスケから地味で辛気臭い美術部??」

「なんで?どうして?もったいない!」と言い合ったものですが



彼女は一枚の絵との出会いから

自分の未来が見えたんだと言い切りました。




「自分の未来が見えて、それにむかって疑いもなく進む」



すごい勇気だ、って同級生ながら

輝く瞳の彼女を

他のどの仲良しの友人より

大好きになりました。




この世に様々な世界が同時に存在することは

最先端の量子力学からも明らかです。

(いわゆる、パラレルワールド)



だとしたら、彼女はあの時

バスケを続けている未来の自分も見えていたのかもしれない。




でも、そこにつながる事はなかった。


美術の道へとプラグを繋いだんだ。




そう思うと、13歳で自分の天職を見つけられた彼女は


なんてすごいんだろう!と


うらやましくなりました。




じゃあ、今の私は?


あのころの夢ってなんだっけ?




いま、「医療事務」という仕事は自分にとって「適職」だけれど

「天職」とまではいかないかもしれない。




この時空のどこかで同時に存在するもう一人の私は


どんなふうに生きているんだろう。


どんな風に、私をみてるんだろう。







私は今もこうして


あちこちにちらばる可能性のプラグに差し込んでみては、




ああ、ちょっとのことで合わないからと


今度はどうかなと


無理やり差し込んでみては



相手も自分も傷つけてしまったり



どこにも合うプラグが無いからと


怒ったり、悲しくなったり、




そんなことを繰り返しているんだろうなぁ・・・・。


今も。




日常様々なプラグ。


タイミング、というプラグ。


家族、というプラグ。


友達というプラグ。


他人、というプラグ。




あの人、へのプラグ。



うまく、繋がっているかな。


うまく、繋げられるかな・・・・・・?