今年は、長い間ホークスファンそしてパ・リーグファンとして生きている中で、私自身にとってエポックな年になりました。
 
南海ホークスのファンとして、最晩年期の杉浦政権下でようやく自認してより1度も大阪球場で公式戦を観戦できず、あの「1988.10.15」を迎えてしまいました。
 
そして、あれから38年。
2026.08.04、仕事をやり繰りして京セラドーム大阪にて「南海ホークス復刻ナイター」を観戦。
ほんの少しでしたが、レプリカ・ユニフォームも頂戴し南海ホークスの雰囲気に浸る事が出来ました。
 
 
 
更には、南海ホークス当時の1966年以来3度目(1951〜1953年、1964〜1966年、2024〜2026年)のパ・リーグ公式戦3連覇を達成し北海道日本ハムファイターズとの死闘を経て、SMBC日本シリーズでは2年前の屈辱を晴らさんと横浜DeNAベイスターズに挑み見事に圧勝。
2018年以来、2度目のSMBC日本シリーズ連覇を果たしました。
本当に幸せです。
 
 
 
しかし、その裏で今年も大量に戦力外選手を送り出す事に。
昨年か一昨年でしたね、「育成3銃士」と言われて話題を集めた緒方理貢選手がその中に。
今年のSMBC日本シリーズでも、確か代走で出場されていました。
その反面で、同じく川村友斗選手は第2戦でバックスクリーンへ飛び込む本塁打で決勝点を挙げて。
今年は、埼玉西武ライオンズへ移籍されて育成から這い上がられた仲田慶介さんが、ライオンズの奇跡の復活に大きく貢献されました。
緒方選手を高く評価してくれる球団が見つかる事をお祈り申し上げます。
 
 
 
それだけ、福岡ソフトバンクホークスの選手層が異次元的に厚い事を証明した1年でした。







 ザ・東京のデカ盛り


私は、2019年晩夏に実家の事情で大阪市の今の住まいへ転居するまで、30年以上東京都江東区東陽で暮らして居た。

1989年春に、大阪の公立高校普通科を卒業後社会人として全く未知の東京へ。


東京都江東区本庁舎が在る東陽、東京メトロ東西線木場駅と東陽町駅(江東区本庁舎最寄り駅)の界隈でずっと過ごして来た。

生まれ育った大阪の下町と、雰囲気がウリ二つでとても暮らしやすかった。


1年目から、当時暮らして居た会社の借り上げ独身寮の近所で、多くの皆さんと出会い早くから東京の下町文化そして味に馴れ親しむ事が出来た。

だから、今でも私は東京の味をしっかり憶えてるし、東京へ「里帰り」すると本当に嬉しくなる。


中でも、写真に挙げた東京都千代田区外神田(神田・秋葉原エリア)

「ごはん処 あだち」

のごはんは本当に美味しかったので、今でも懐かしくそして今も新鮮である。


「あだちランチセット」

「あだちサービス定食」(¥1,100./税込)

此処へお越しになったら、新来者(=一見さん)の方には大将から此れを勧められる。

ごはんの量は、素直に大将の言う事で盛ってもらうのをお奨めする。


カレー風味の鶏唐揚げ、濃いめの味ながら癖になる煮物等ボリューム満点のおかず。

 昔、JR東日本秋葉原駅前に1989年初夏まで在った江戸中期からの「神田青物市場」歴史を誇った


「東京都中央卸売市場 神田市場(青果メイン)」


が在り、現在では同じ場所に「秋葉原UDX」が建っている。

「ごはん処 あだち」は、この市場で仲買人の人達を主にお相手したお店だった。

同業のお店だった「かんだ食堂」も、同地の向かいで長い間営業されたが此方はもう歴史の彼方に。


味が濃い目なのは、屈強な身体をしていた仲買人の皆さんが冬でもたくさん汗をかいていたので、今で言う塩分補給の意味もあった。




何だか、一部のYouTubeチャンネルでかなり嫌らしい紹介をされて居たのが、大変不本意極まりなかったし憤慨している。

でも、私は本当に落ち着いて食事を楽しめた。

通っていた頃は、後に焼き魚が好きなのでそれで定食をお願いした事も。

時には、更に1品や小鉢も足してくれた。

とても嬉しい想い出である。




どうか、1日でも永く頑張って欲しい。


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2026.08.04

仕事を切り上げて、身内の用事を済ませて京セラドーム大阪へ向かった。

 

「南海ホークス復刻ナイター」

 

2026.08.10現在、後継の福岡ソフトバンクホークスは南海ホークス時代の1966年以来60年ぶりに、パ・リーグ公式戦3連覇へ向けて優勝マジックを「33」としている。

私は、南海ホークスの最晩年期から40年弱ずっとホークスファンそしてパ・リーグファンである。

リアルタイムで大阪球場へ出かけた事がなかったので、この日は本当にほんの少しだが当時の郷愁に浸る事が出来て大変良かった。

しかも、ホークスは当時と違いめちゃめちゃ強い(笑)。

つくづく、ホークスファンで良かったと思う。

 

 

 

実は、私は亡き母方祖父の影響を受けて遅まきながら南海ホークスファンを自認した。

幼少期から小学生にかけて、共働き世帯だった私は母方祖父に週末には良く連れ出されて、京阪神の盛り場を散歩していたが一番良く連れて来られたのは在りし日の大阪球場だった。

その印象が大変強かったからだ。

 

ちょうど、私が南海ホークスファンを自認した当時は球団経営がほぼ絶望の淵に立たされていて、何時でも他所へ譲渡されてもおかしくなかったがその杉浦忠監督の政権下に在った。

生まれつき、片方の耳がほぼ聴こえないながらもそのハンディと、大阪近鉄バファローズを戦力外でクビになりながらもバッティングセンターで住み込みバイトをしながら、声が掛かるのを待ち営業終了後寝る間を惜しんで軟球のマシンに相手したカズ山本さん(=山本和範外野手)の存在を知ったのが、南海ホークスファンになる最終の引き金となった。

 

「1988.10.15」南海ホークス最終主催試合、そして試合終了後のさよならセレモニー。

当時、大阪・毎日放送(MBSテレビ)が全て実況生中継。

杉浦忠監督が、

 

『長嶋君(=故・長嶋茂雄さん、東京読売巨人軍名誉監督。立教大学で同期)が言ったからじゃありませんが、ホークスは不滅です』

『処を福岡に移します(翌年から、「福岡ダイエーホークス」として福岡市の平和台球場へ移転)が、これからもますますのご声援をお願いします』

『有難う御座いました、(福岡へ)行って参ります』

 

との挨拶をされた時は、画面を視て涙を堪えるのがやっとだった。

それ以来、引き続きホークスを応援している。

 

 

 

当時の状況について、詳細を書かせて頂く。

繰り返すが、リアルタイムで大阪球場へ出かけて南海ホークスの主催試合を観戦した事がなかった。

いや、当時の家の経済事情でそれが叶わなかった。

既に離婚していた亡き実父が、多額の横領事件を起こし大阪府警察へ逮捕されるのを会社から勘弁してもらう代わりに、実父の懲戒解雇と共に母からの申し出で被害額全額の弁済をしていたからだ。

 

当時、今考えても大変恥ずかしいのだが実は実父より会社では母の方が、会社の経営陣にまで絶大な信頼を集めていた。

と言うのも、1980年夏まで新聞全国紙の大阪地区販売会社で実父は販売店を任されていた。

その店長になる条件として、最低でも婚約中の相手がいる事だったらしい。

理由として、雇用する一般社員とアルバイト学生に食事を提供して欲しいと言うものだった。

会社では、明るく社交的で配達エリアの読者さんの多くから信頼を得ていると評判だった。

 

転じて、結婚して私と2人の妹を設けたが生まれつきどうしようも無かった超マザコンだった実父は、夕食のおかずが「ショボい」と見るや直ぐに激怒して勢いで外食に走るほど、それは身勝手の極まりだった。

「飲む・打つ・買う」だけじゃなく、果ては「外に女を囲う」までに至った。

 

家族に黙って、プロ釣り師が持つような高級釣り竿を買い漁り、更には散弾銃を持つ免許を取っては練習場へクレー射撃へも出かけた。

どう考えても、それだけの大金を持っているはずもなかったが⋯⋯。

 

 

 

実父と離婚した母は、私と妹達を連れて別居をしたが此処から本当に貧乏な生活が始まった。

明日食べるご飯の心配をしなければならず、長妹は既に化粧品メーカーのアルバイト工員をしながら公立の商業高校定時制へ。

私は、有難くも全日制の公立高校普通科に通っていて、同級生から1年遅れて2年生だった。

 

長い休み期間は郵便局で集配のアルバイトをし、普段も学校から帰宅するや否や大阪・谷町九丁目駅近隣の寿司店でホールを、それも午前様までしていた。

必死だったが、これが強力なアシストとなって後年聞いたところでは、会社の幹部から母が残り100万少しとなった残債を全権行使にて棒引きしてもらった。

 

 

 

そんな、バブル景気だとは申せ全く無関係で明日をも知れない暮らしだったが、それでも妹達に笑顔が戻った。

大変な状況だったが、そんな中でホークスファンとしての自分史を始めた。

 

ホークスが福岡市へ移転して、私も高校を卒業後社会人として東京へ。

まあ、長い間「ホークスファンです」と名乗るだけで本当に馬鹿にされ、それこそ嘲笑され続けた。

だから、1999.10.23に35年ぶり3度目の日本シリーズ制覇を成し遂げ、バンテリンドームナゴヤで王監督が胴上げされるのを愛知・CBCテレビ発全国ネット実況生中継で視ていて、路地裏のアパートでバンザイを叫びながら純米酒の一升瓶を抱いて朝まで離さなかった。

 

 

 

そこから、何が有っても動じない古参ファンである。

2026.07.16

いよいよ、私が大好きなプロ野球⚾️の世界を通して


「大阪人が、お気に入りのチームを通して大阪人で在る事の証明を、半世紀全ての野球⚾️を応援する中で果たす」


その時が近付いている。


その理由。

今年の8月4日、平日の火曜日。

パ・リーグの福岡ソフトバンクホークス、生みの親・南海電気鉄道そしてNANKAIグループと共に大阪で開催予定のこの試合を、

『おかえりナイター』

と題して京セラドーム大阪で。

現在、南海電気鉄道ではそれを盛り上げるべくグループを挙げて、チケット🎫プレゼントを含めて宣伝を展開して居る。

先の年越しでは、実際に鑑賞させて頂いたが髙島屋大阪店(本店)にて南海電気鉄道創業140周年を前に、

「南海ホークス展(有料開催)」

を開催して多くの方を迎えた。

その際に手にした入場券、ソフトケースに入れて私は棺桶に入るまで持ち歩こうかと(笑)。

私が、南海ホークスそしてパ・リーグファンになったのには時間を遡る。
1976(昭和51)年、大阪市で小学生🎒に。

両親が共働き、学校から帰宅しても構われない事が日常生活だった。


週末、生まれつき発達障害を背負い少し手が掛かっていたので、母方祖父が決まって外へ連れ出してくれて京阪神の盛り場を、祖父が通える範囲で散歩した。

その中で、1番多くの訪問をしたのが写真の今は亡き大阪球場だった。

今にして思えば、南海ホークスの公式戦がやっていれば入りたかったのでは無いだろうかと。
しかし、今とは違いプロ野球観戦には多額の税金がチケットに課されていて、当時年金生活者だった祖父には到底手が出なかった。

時が過ぎ、1979(昭和54)年の春。
私は、1つ下の長妹と自転車で連れ立って大阪球場へ南海ホークス vs. 阪神タイガースのオープン戦を観戦へ。
怪我の功名か、実はひょんなきっかけで地理を会得して京阪神の大手民鉄そして今のJR西日本は路線の知識を大人並みに得ていて、母はそれを理解していたので敢えて買ってもらった入場券を手に。

しかし、この当時長妹は定岡正二さんが投手として巨人へ入られてから、ライトだが巨人ファン(笑)。
当時の大阪球場、お客さんも少なかったからさぞ楽しく無かっただろう。
これが、私にとっては最初で最後の大阪球場。



それから、実に45年以上。
当時から、既に在阪民放準キー局は阪神タイガース一辺倒へ。
パ・リーグだと、

■阪急ブレーブス
同じ資本系列、KTV関西テレビ放送が土曜日の午後に隔週で主催試合の実況中継
■南海ホークス
不定期だったが、MBS毎日放送が週末で実況中継
■近鉄バファローズ
ABC朝日放送が、土曜日と日曜日の近鉄藤井寺球場の主催試合を実況中継

でとても寂しかった。
それでも、週末は吉本新喜劇の舞台中継を毎日放送で楽しんで、お昼ご飯を食べたらその実況中継をテレビで観るのが楽しみだった。



しかし……

1988.09.01
南海ホークスが、ダイエーグループ本社へ
「吉村貞夫・南海電気鉄道代表取締役社長兼ホークスオーナー」
vs.
『小売業のドン、中内㓛・ダイエー代表取締役社長』
とのトップ会談にて、直近数年間の累積赤字を込みにして譲渡をする契約に基本合意。
阪急ブレーブスも、今から思えば本当ににわかに信じられない状況だったが2度のオイル・ショックで、かなりの有利子債務を抱えて居たらしく。
その追い打ちで、宝塚歌劇団はあの「ベルサイユのばら」以来の大ヒット作に恵まれず、社会的に注目の的になるも劇団員への人件費がべらぼうに高騰、とうとう経営陣へ泣きが入るまでに。
そこへ、当時の銀行団が

『ブレーブスと宝塚歌劇団、構うんやったらどっちにすんねん💢🔥🌋⚡💥❓』

と、当時の小林公平・阪急電鉄代表取締役会長そして阪急ブレーブスオーナーへ迫り、彼は元々テニスの松岡修造さんと同じ家系で縁あって婚姻関係になったが、学生時代からバリの文学肌。
宝塚歌劇団へは、ペンネームで作品の脚本を激務の合間に書き上げては無償で上げるほど。
そして、阪急電鉄の創業者・小林一三翁からの遺訓で

『ブレーブスと、宝塚歌劇団は誰が死んでも決して手放すべからず』

と言われて居た。
しかし、本当に逡巡されて。
ブレーブスは、南海ホークスのあのサヨナラ試合を経て「10.19」の午後に記者会見で譲渡を発表。



私は、それからずっとパ・リーグファン。
そして、母方祖父から

『お前に、ホークスファンとしてパ・リーグファンとしての矜持を託してんやからな💢🔥🌋⚡💥‼️』

と言われて来たと自負して居る。



だから、この日は楽しもうと思う。





■冒頭のリンク
2025.10.17放送
ANN系列(キー局:テレビ朝日、準キー局:ABCテレビ)
全国ネット生放送「羽鳥慎一モーニングショー」より



2ヶ月毎の年金支給日、東京都区内にてスタッフが年金生活者へ街頭インタビュー。
政治の事も関心あるかと思いきや、総じて自分達の生活の嘆き。

『毎回の受給額が少ないから苦しい』
『これだけの年金さえあれば、本当に老後は楽だと信じてたのに』

いやいやいや、言いたい放題ですね毎回。
呆れてものも言えない。



そもそも、年金額が少ないのは現役時代に皆さんがもっと老後に意識を持って、貯金や個人年金保険等をされなかったのが理由なのでは。
特に、大変な事情があって保険料の支払いが出来なかった等の理由がなさそうなのに、単に失念その他で未納を放置プレイとかの方。
そんな方々に、額が少ないから政治の力で何とかせよとわがままを言われても、ハッキリ申し上げて通用しません。



それを申し上げるなら、もっと大変な事情がおありの世帯に向けて汎ゆる支援を行って然るべき。
生活保護費の支給だって同じです。
その資格を再度明確化して、外国籍者でもキチンと過去に一定期間納税を行って生活実態がある世帯に限るとかで。
だから、どんどん実態調査を行って不正受給者は永久追放に。

視ましたよ「X」で。
明らかに、韓国の若い世代女子で赤羅様に日本をバカにし、それでも

『日本は、韓国に対してそして私達に対して未来永劫に尽くして当たり前』
『だから、私は日本に生活保護費を出させて遊んで暮らすんだ』

って書いてあったのを。
速攻で取り締まって、服役後国外追放しか無い。



今、本当に政治の力で光を当てる必要があるのは、

「片親家庭、それも若い低所得世帯」
「39歳以下で、単身で生活を送る若い世代」
「幼少期から、施設で生活を送り社会へ出てからご苦労をされている方」

であり、更には

「発達障害・精神障害を背負いながらも、何とか頑張って生計を立てられれ居る全ての世帯」
「ご家族の中で、これら重度の障害者が居られて御本人だけでは生活が送れない世帯」

だと思う。
何故、こうして限定するかと言うと視覚・聴覚それに下肢障害を背負う皆さんに対しては、もはや世界水準を超える支援と社会インフラが整備されているので、地方なら話は別だが都市部にお住まいならば、これ以上問題は無いと思うからだ。
もっと言うと、発達障害・精神障害に対して長い間偏見と差別がとても深刻で、それこそ社会から排除されて厳しい生活を送らざるを得ない実情があるからだ。

こうした事態を打開するには、政治の力で光を当てる以外にない。
全ての者が、出来るだけ同じ土俵で生活を送る事が平等だと信じている。
2025.08.14
1人の「生き字引」が逝去された。

茶道:裏千家流の前家元、宗家の千玄室大宗匠、享年102歳。
改めまして、御冥福をお祈り申し上げます。
合掌。



将来を嘱望されていた矢先、日本はアメリカ・イギリス・オランダそして引き続き中国国民党政権との泥沼の戦争が激化。
大宗匠が、同志社大学(旧制)に在学中の1943.09.21。
東條英機内閣は、旧憲法下で高等教育機関に在学中の学生へ施行されていた徴兵猶予制度を、戦時法制で撤廃しこの日施行。
1ヶ月後、繰り上げ卒業後学徒出陣で海軍へ。

恐らく、出身地に近い京都府舞鶴市の旧・舞鶴海兵団だったか2等水兵として徴用されて、厳しい訓練を経て半年後茨城県の土浦海軍航空隊へ。
名実共に、第14期海軍予備学生となった(階級;海軍飛行兵曹長)。



そして、速成訓練を経て操縦科へ。
後に、人事編成を経て徳島県の海軍航空隊へ特攻隊員として赴任。
出撃前、同地で終戦を迎えられた。

しかし、此処で多くの予備学生仲間をたくさん……死の旅立ちを見送られた。
在阪民放準キー局そしてNHK大阪放送局で、生前多くの機会で取材をお受けになられたのでご本人のお気持ちその他を代弁は差し控える。
でも、肉親や家族以上に短い時間だったが濃い交流だった為に、相当お辛かったのではと想像に難くない。



戦争は、何も生み出さない。
あるのは、多くの者の悲しみだけだと思う。
やりたかった青春時代の「映画制作(自身の目標とか)」を、その創る機会を戦争だからと時の政権に奪われて死地にやられてしまう。
こんなに辛い、悔しい事はない。



私は、社会人になってからこの日本軍の末期をライフワークとしていて、そのきっかけが1943.10.15に挙行された「最後の慶早戦(=早慶戦)」を題材にした故・岡本喜八監督作品「英霊たちの応援歌」を、ビデオソフトで借りてはずっと観て感情移入から何度も号泣した事だ。
その後、色々問題となる裏話さえちょっと聞いたが、それでも純粋になって旧・陸軍の「特別操縦見習士官」を舞台にした「月光の夏」も拝見した。
この時に、実際に有ったであろう学徒士官と軍の衝突を、作品の中で目の当たりにした心地になった。



もっと言えば、海軍の「神風特別攻撃隊」には旧制・東京六大学野球の豪華メンバーや、各種学生スポーツの有力選手それにプロ野球選手さえ。
別の映画作品で取り上げられた、名古屋軍(セントラル・リーグの中日ドラゴンズ)に所属し日本大学の文系学部2部学生になっていた石丸進一・海軍中尉。

陸軍でも、若い下士官として朝日軍(系譜で言うと、後に大洋・横浜大洋ホエールズ〜横浜DeNAベイスターズ)の渡辺静さん。
旧制・小諸商業学校(現在の長野県小諸商業高等学校/公立)出身。
陸軍特別攻撃隊として特攻戦死された。



多くの将来あった若い世代が、幾万も戦渦に散り生還せず。



この事実を、絶対に今の若い世代も知るべきだし永遠に語り継ぐ責任がある。
もちろん、日本軍がアジアでして来た多くの戦争犯罪の実態も。
更には、外地で日本国籍の一般市民が犠牲と被害に遭った悲しい事実も。

そして、2度とこんな時代へ回帰させてはならぬ。



今朝未明まで、民放各系列でも流されていたブレイクニュースから国際問題の記事より、アメリカのD・トランプ大統領の記者会見の模様を。



観ていて、本当に人間としてとても恥ずかしい。
自国の利益ばかりを求めて、真に国際問題の解決に汗をかこうと全くせず。
これが、「世界の超大国」のリーダーの言葉なのか?

ガザ地区での武力衝突でも、
「アメリカが買収して、住民には移住を願ってリゾート開発を」
とか不謹慎にも程がある発言をするし。



実際に、今でも戦争に参加したくなかった多くのロシアの未来在った青年たちが、無能な指導者にその途を断たされて戦場へ出て生還せず。
ウクライナも、国を守ろうと志願した若い世代の戦死が増えて。
一般市民の死傷者数は、既に5万を超えたか。



報いは、口が過ぎたジジイにも必ずやって来る。

 

 

2025.05.01現在、日本のプロサッカーリーグ「Jリーグ」加盟チームは

 

「J1」20チーム

「J2」22チーム

「J3」18チーム

 

で全部を合わせて、41都道府県に60チーム(球団)。

 

 

 

しかし、コロナ禍明けから全国でそのホームスタジアム新設移転について、報道で取り上げられる程大きくクローズアップそして物議を醸している。

何故なら、「おらが街のJリーグチーム、スタジアムは税金で建設されて当然」だと言う、何とも言えない筋の全く通らない論理がサポーター発で各地に於いて巻き起こっているからだ。

 

日本は、「失われた30年」との言い方には真っ向から大反対だが、長い間続いたバブル崩壊以降の超長期経済不況から世界中の国や国際機関に全く頼る事なく、ようやくその回復基調が軌道に乗って来たところ。

だが、その陰では「全世帯の子供達で、7人に1人が家庭経済の貧困に」との厳しい現実が。

加えて、世界各地で起こっている大規模な軍事衝突及び紛争の影響で、食料品を中心とした生活に不可欠な原材料の調達が縮小してしまっていて1980年以来の物価高そしてインフレに、何処のご家庭も苦労をされていると存じ上げる。

かく言う私も、実家の母が既に後期高齢者で少ない年金+生活保護費受給者で、しかもそこには長い間病気療養中の次妹も同居している。

しかも、基準に未達で障害年金の受給には至っていない。

 

この物価高で、どうしても終日在宅にせざるを得ない実家は、毎月の家計がどうやり繰りをしても赤字。

なので、私も食事の差し入れ等で応援しているが。

 

もっと大変なのが、

「片親世帯、特にシングルマザー世帯でお子様が小さいご家庭」

「39歳以下の青年層で、就業状況が大変な単身世帯」

「発達障がい者・精神障がい者で、働けているが身体的理由で制限あるも障害年金受給に至らない世帯」

等で、毎日の生活が本当に切羽詰まっている世帯も。

 

 

 

そうした社会状況なのに、その人達へのセーフティーネットとして活用されなければならない税金の一部を、一部のサッカーファンの要求である「サッカースタジアム建設」の為に使って良いものだろうか?

いや、私はダメだろうと思う。

 

この文頭に、動画を貼り付けたのでご参照されたい。

J1・セレッソ大阪のホームスタジアム、「ヨドコウ桜スタジアム(大阪市立長居球技場)」である。

クラブの創立母体で筆頭スポンサーのヤンマーディーゼルが、大口スポンサーの日本ハムと全国のサポーター各位から集めた浄財に自己資金を合わせて、球団を指定管理者として3年以上の工期をかけて改修工事を竣工させた。

少しずつ、大阪市へもスタジアム使用料は支払えているとか。

そして、以降の改修工事も全て自己資金で。

 

此処にはないが、同じくJ1・ガンバ大阪も球団の筆頭株主・Panasonicグループや大衆薬大手のロート製薬等スポンサーの提供資金で、大阪府吹田市の万博記念公園内に「パナソニックスタジアム吹田(吹田市立スタジアム)」を竣工させて吹田市へ寄贈。

そのまま、指定管理者として使用している。

 

後は、J2のV・ファーレン長崎やJ3?・FC今治が球団の用意した自己資金でスタジアムを竣工させてホームに。

言わば、「Jリーグ理念」からすると「市民に愛される球団」ってこれだと思う。

 

 

 

もっと言えば、

「年(年度シーズン)に、ホームでわずか数試合しかしない」

「チケット代はかなり安い設定、付加価値を付けたシートの販売とか何の営業努力はしていない」

「そのくせ、公共性の観点からスタジアムの所有者(自治体)へは使用料はごくわずかしか払わない」

って、むしろ「苦しむ市民が居るのに、何がサッカーチームの応援なのか?」と。

 

この点で、全国で

『サッカースタジアム等無用の長物、万里の長城以下』

『それよりは、もっと公共性のあるものの建設に使うべき』

との声が多く上がっているのも事実。

 

 

 

此処で言う。

Jリーグは、「スタジアム設置基準」を全て抜本改正すべき。

ピッチは、天然芝に近いクッション性の高い土(ベース素材)の高規格の人工芝で良い。

観客席スタンドを、全て覆う屋根は絶対に必要なんて無い。

落雷時に、スタンド内へ警報を発令して全観客が避難出来るスタンドを義務付けたら済む。

専用スタジアムではなく、陸上競技場のインフィールドを上述に改修して使用すれば良い。

そうすれば、他の球技も陸上競技でも十分使用できる。

 

プロ野球のスタジアムは、全てこれで開放しており例えば阪神甲子園球場は所有者の阪神電気鉄道が、高校野球開催時には日本高等学校野球連盟へ無償で貸与していて、大会運営にも全面協力している。

だから、スタジアムの女性アナウンスも阪神電気鉄道社員が阪神タイガースの公式戦同様に担当。

 

 

 

Jリーグ全体が、もう一度解体的出直しで本来の趣旨を見直す時期に来ている。

 

2024年のGW明けから、大阪・関西万博の海外単独パビリオン建設工事に従事しておりそれもあって、なかなか筆不精になってしまいご無沙汰しております。

 

操作ミスから、ブログ画面に同じ写真をダブって貼り付けてしまいお恥ずかしい。

実は、これが従事していた当時の私の肩書です。

 

 

 

① 「建築工務」主務者として、

万博工事の全体ルールに沿った博覧会協会及び統括管理工区JVその他との連絡・調整

隣接工事との連絡・調整

協力業者への工事に関する重要連絡

 

②「安全衛生管理」主務者として、

法的書類を作成及び全業者から来た書類のチェック及び指導を代行会社担当者と共に

法律上毎月開催が義務付けられている「災害防止協議会」の開催及び議事進行

 

③ その他、付随業務全般

 

 

 

就業先を筆頭に、京都市・兵庫県尼崎市のゼネコンを包含した共同企業体。

此処で、凡そ組織が固まった段階で誰もこうした業務を出来ないとの事を聞き、「それなら」と経験者の私が手を挙げて行って来ました。

お陰様で、各方面からは

 

『対応が丁寧で素晴らしい』

『言わなきゃいけないタイミングで、必ず率先して声を上げてくれる』

 

との事でお褒めの言葉を毎日頂くまでに。

 

 

 

しかし、その裏で……。

京都市のゼネコンから来ていた幹部が、こうした私をかなり疎ましく思っていた様で。

後に、別のパビリオン工事で手を貸して欲しいとの事で、誰か行けるかとの話に彼は真っ先に私を追い出そうとしてそれを進言するや、知らないところでもう私は行かされる事が決まっていたのです。

 

おまけに、此処と異動先でも若い世代に全く謂れなきハラスメント疑惑を掛けられてしまい、精神的にも大きく病み参ってしまいました。

おまけに、初期ながら腰椎椎間板ヘルニアを患う点から、年初に強い痛みを発症して仕事を休まざるを得ず。

そこから、1月をほぼ棒に振る結果になってしまう事態に。

 

結局、仕事は降りざるを得ず。

先のパビリオン工事でお世話になった就業先社長が、

 

『お前さん、もう仕事降りて休めや』

 

と仰せになって、格別の御厚情で休んだ日の大部分は「現場全休」と事実上の有給休暇にしてくれて。

後で聞いて、本当に泣きそうになりました。

 

 

 

2週間以上休養に努めた後、今の就業先で業務をして参りましたがこの5月で終わります。

派遣元の営業担当者が了解したので、改めて現在転職活動を進めております。

此処まで、有期雇用契約でしたので状況を踏まえて……。

 

まだまだ頑張ります。

 

お酒での失敗談

実は、まだ東京で暮らしていた頃にやらかしてしまいました。

酔っ払って、帰宅途中に道端で寝てしまって。

危うく、身ぐるみを剥がされんが状態を、車で通りかかられた先輩に拾われて自宅まで。

 

 

 

 

 

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