ナショナリズムとパトリシズムの違いを理解しているか? | モデラー推理・SF作家米田淳一の公式サイト・なければ作ればいいじゃん

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国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫 さ 62-1)/佐藤 優
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 つい一気に最後まで読んだ。
 実に理路整然とした文章で、暗記しようと思って覚悟して読んだのにすんなり頭に入ってしまった。
 外交の世界、国策捜査の世界について、実に面白かった。
 あんまりすんなり読み過ぎたので、分析がおろそかにならぬようにとも思う。
 この読み味としてのどっしりとした安定感は、背景に著者の知識だけにとどまらない読書の経験、聖書から太平記、そして豊富な語学力などがあるのだろう。実に読んでいて安心感のある書きぶりである。
 ちなみに著者は神学部卒である。その後外務省分析官。面白い経歴である。

 だが、面白かったで片づけてはならない。
 国策捜査とは、時代にけじめをつけるために対象者を選び、ハードルを低くして起訴するものであり、その場合結果として出る懲役2年半というのは検察が世の中を納得させる場として逮捕を演出するのが目的であり、懲役させるのが目的ではない、というのも興味深い。しかもこれを特捜検事が自ら言うのだ!
 そしてその『時代のけじめ』の時代とは、経済学的なものであり、多元性と公平性を持っていた時代を、一元的で傾斜性を持って、資金を集中させ、一挙にことをなす現代の経済と国際政治・国内政治のありかたによく現れている。

 ロシアと日本は、2000年に日本としては北方領土4島一括返還といいながら、ロシアも日本も互いの尊厳と国益を尊重しつつ、互恵的関係を築こうという時があった。
 それは国粋主義者は排外主義につながるが、愛国主義は互いの自国をそれぞれ愛するなかで、他の国の愛国主義も理解できるというところであり、そこで現代のナショナリズムとパトリシズムは分離するべきであることが述べられている。
 現代に必要なのは、美しい国を目指すパトリシズムであり、ナショナリズムではない。
 日本は良いところもある。だが、悪しきところもある。だが、良いところだけを世界一だの元祖だのと誇ってばかりでは、どこかのせこい国と同じになってしまう。
 それぞれの国に、それぞれに守るべき価値があり、その価値を必死に守る、その国家に対する愛が大事なのだ。
 そして、その国家を愛する者同士として、心ある外交官たちは、何が大事で、何が筋で、なにが重要でないかを見極め、交渉する。

毎日かあさん4 出戻り編/西原理恵子
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 その点で、鈴木宗男については西原理恵子がロシアからカニをいっぱい持って来てくれたムネオちゃんはいい人なんじゃないかなあ、とマンガで書いているが、それがそうかもしれないのである。
 鈴木宗男にしろ、小渕恵三にしろ、彼らは実によく分析家の言葉に耳を傾けた。
 そして、その分析家の活動が、いわゆる芸者遊びだの接待だのというイメージに対する一般の下卑た嫉妬ではなく、国柄を理解してもらい、その上でそれを愛する自分たちを、そして同じように接待の相手の愛する国を理解しようとしているという外交活動の一環であるということがこの『国家の罠』には述べられている。

 確かにこの本を見る限りでは、背任と言うにはあまりにも小さな話で、しかも質として背任とは呼べない。

 北方領土への発電機の設置や例のムネオハウスも、日本として北方領土をロシアのものと認めるわけには行かないので、ロシアの建築基準に従った恒久施設を建設することは出来ないが、しかし現地では現に困っているロシア極東住民がいて、なかには日本との交流を望み、融和的な空気が生まれていた。

 そこで、ロシア人としての愛国心を踏みにじってはいけないが、しかしスターリニズムの結果としての北方領土の占有ということについては解決を求めねばならず、しかしそれを一挙にやろうとしてはし損じる。

 そこで発電所建設ではなく発電機設置に、またムネオハウスも実は当時あった北海道民の北方領土へのビザなし渡航時の宿泊用で、そのうえプレハブである。

 そして、本来の佐藤優(著者)が疑われた外務省の裏金旅行も、実のところはソ連崩壊・ロシア民主化の中で、ロシアにいたユダヤ人がイスラエルに移住しながら、ロシアとイスラエル、そしてアメリカと日本をつなぐ役割を果たしているので、そのロシアを動かすために、ロシア系ユダヤ人の有力な国際学者と関係を結び、その上で2000年という節目にロシア・日本・イスラエルなどの学者で会議を行って極東情勢に前向きな方向を作ろうという狙いがあったのだという。

 そこで佐藤優は言う。
 自分は分析が専門だが、それでいながらチームとして2000年北方領土返還に向けて尽力し、その尽力は外務省の公式な手続きも経ていて、多くの認証を受けた何ら恥じるものではなかった。

 鈴木宗男もそうであった。彼は北海道民と、日本国民のために尽力し、そのなかでさまざまな判断をしたが、せこい金儲けの話などには全く頓着せず、そのうえ嫉妬心もとても希薄であった。

 しかし、それが裏目に出た。
 霞ヶ関や永田町には、嫉妬心の強い者、己の出世ばかり考える者が大勢いる。

 特に佐藤優はプーチン政権の誕生をその人脈、情報網でいち早く察知したが、それは外務省分析課の対ロシアチームとして大晦日にロシアの大晦日とあわせてロシアの友人と新年を祝いつつ、ロシア恒例の新年演説を受け止め、その政治的意味をくみ取ろうとした結果、直前に友人からプーチン政権誕生を知らされ、そのまま新年演説でエリツィンがプーチンを後継者に指名する事態となったのだが、そのときの日本外務省の対応は大晦日で人の薄いロシア課を飛び越えて分析課の指揮下に入ったような状態になっていた。

 佐藤優は外務省も愛している。裏切られたような形になった今でも、日本と外務省にいた志ある友人を守ろうと、このことに対する嫉妬については多くを書いていない。

 しかし、私の読感では、これでは嫉妬されるのも仕方がないと思える。

 そして、それは、能力のある者の宿命である。
 哀れまれるぐらいなら嫉妬されろと言うが、本当にそうである。
 手柄話と思う人もいるかもしれないが、しかし佐藤優の分析は非常に明快で、それでいながら緻密で慎重である。

 そして獄中記になるのだが、それもまた高度な知性を持った人間の、検事と戦いながら、そのうえで互いを理解し、しかし相手に屈服しない静かな闘志のあふれるやりとりである。

 この相手の西村検事もまた、検察の国策捜査の問題点をよく理解している。巻末でその後のその検事が水戸地方検察庁に一度行きながら、その後最高検に戻ってきたことが書かれている。ちょっと救いである。
 そして東郷大使。かつての東郷外相のお孫さんで、外務省の中核であり、佐藤優が鈴木宗男とともに一番この国策捜査の波及を防ごうとした対象なのだが、この東郷氏もまた実に人間性・知性豊かな人であった。

 そう考えると、外務省の中にも、霞ヶ関の中にも、なんか2ちゃんVIP板風味というか、マスゴミイナゴ体質というか、嫉妬に狂ったり、保身に走ったりしながら恥も知らない人々が存在するようだ。
 事実一時は鈴木宗男に土下座して取り入ろうとしたうえで、捜査が始まると大事な外交機密まで漏らした大バカ者までいたらしい。
 確かにこの国策捜査の国会ラウンドでは共産党に外務省の内部文書が漏れ、共産党がそれを政府に追及している。
 これは恥知らずと言うより、外務省の自殺である。
 革命を目指す政党に政府の文書をリークするなんて、もう自滅行為である。
 そこまで日本の国を売りたいのか。

 佐藤優は、それであきれかえると言うより、悲しみを持って、作家としてこれまでの経験と学習を総括し、生きていくという。
 国内亡命という姿で。
 
 実に興味深い。
 東京拘置所の様子の描写、取り調べの描写も子細。実に面白い。
 佐藤優はこの本の中で、一番ぞっとしたのが、この取り調べが、国策捜査の落とし所を求めて彼を再逮捕までしたのに、突然終わったことと書いている。

 アクセルとブレーキがあまりにも近すぎる。
 
 これこそ現代のマスゴミ化したさまざまな日本の悪しき現代体質の現れだと思う。
 
 ふまえた上で考察するが、この佐藤優の属する外務省ロシアスクールも、けっしてロシアにも軸足をおけとか、眉中朝日新聞のアジア外交のようなばかげた多元論ではない。
 もっと歴史的な深みを持った多元論である。

 それぞれに立場があり、建前があり、ホンネがあり、それでそれぞれの国をそれぞれが愛している。
 それを尊重しながら、対決すべき本当の敵と、そして決して一筋縄ではいかない外交という戦争で互いを『敵として信頼する』という話である。
 つまり、友人の国であっても、国家に友人はいないという現実をふまえている。
 その上で、信頼関係を築こうとする。そうでなければ本当の戦争になってしまう。
 その信頼のために、友人を作る。

 アポを取ったのに3時間待たされることもあっても、待つ。
 すると、『待たせてすまない』と感じた相手が、次第に話をし始め、そして最終的には家族同然になる。
 そういう関係を国際的に結ぶ佐藤優の金銭感覚は、この本を見る限り、実に普通という感じである。
 掻き揚げ丼1000円ちょっとなんて都内ではちょっと美味しいものならそれぐらいするし、よくそういった情報網の友人との会談で使う料理屋も、昼だったら1500円から3000円で食べられて個室、というもの。

 外務省で競馬馬を買った、などというのもあるが、当時の大蔵省はもっとすさまじい無駄遣いをしていた。
 そして今思えば、そういう外務省や大蔵省がやりだまに上がっていたころ、社会保険庁の年金はじゃぶじゃぶと無駄遣いされグリーンピアだのなんだのが作られていた。
 金額を考えると、うん百億のグリーンピアと比べれば、外務省の買ったワインなんか微々たる額であるし、それで国と国の関係が保てるのなら安い、そういう時代だったのではないかと思う。
 週刊誌ネタで裏金といわれる通帳も、90万円入っていたが、ほとんど残っていたという。

 中東旅行もそのロシア系ユダヤ人の学者が移動するときにたまたまゴラン高原を視察する必要があり、そのときの旅費だったという。人数とその人々の重要度からすると、実に妥当である。

 だからこそ、地検特捜もこまるのである。
 裏金疑惑が、いつのまにか入札妨害になり、それが最終的に背任という疑惑になるのだが、それもきちんと立件しきれない。
 どんなにたたいてもほこりが出ないのだ。
 その調べが、どこでどういう力が働いたのか、突然終わる。
 実に恐ろしい。
 
 ちなみに、地検特捜について多元的に見たいために『反転』も買ったのだが、この『国家の罠』に互いのことが出てくる。

反転―闇社会の守護神と呼ばれて/田中 森一
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 やはりこの二冊は平成という時代の転換点として作られた国策捜査と、それを踊らされて皆で石を投げて応援してしまった私たちの反省として、読まねばならないと思う。
 日本は変質している。『改革』のはずが『改悪』になったり、拝金主義が横行している。
 しかも、拝金主義といいながら、それは所得に目をつけた『給与明細』の話であり、実は本来の格差は所得格差ではなく、資産格差であるという話は『スタバ』でもあった。

スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学/吉本 佳生
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 この3冊は実に興味深い、いい読書になった。
 というか、こういう見事な書きっぷりの本が出る時代に、フィクションの話を売るのは実に難しいなと思う。
 まさに小説より面白い。しかも現実の話なのだ。
 読む側の真剣みまで違ってしまう。
 勝てるわけがない。
 
 だからこそ、私はこういう読書で得た知識を反映する世界を、プリンセス・プラスティックという世界として、フィクションとして切り離しつつ、それでいながらつなげる努力をしている。
 プライマリー・プラネット(webで刊行)で一つの結節をしたが、まだまだ私の世界は終わらない。

プリンセス・プラスティック・プライマリー・プラネット
http://shinawaji2142.dion.jp/old/ppp8.htm

 太平記というか、そういう物語世界を書きたいし、一部書いている。現実には力不足で書き切れていないが、しかし世界観として、それも安いSFではなく、深いSFとして、書きたいと願い、そのためにがんばっている。
 
 まあ、というわけで連日になってしまうが、うちのも少し読んで笑ってやってください。
 『フレンド・エネミー』は特に無料ですし。無料だけど、気合いは入ってます。

プリンセス・プラスティック フレンド・エネミー
http://shinawaji2142.dion.jp/friend_e.htm