出会いというのは、こちらからアンテナを張っていれば毎日訪れるものだか、その中でもたまにびっくりするような出会いもあるのでつくづく出会いって面白いなと思う。



冒頭から何故こんな話をしたかと言いますと、以前ブログでも書いた通り、今僕の住んでいるダーウィンという街は極端に日本人が少ない。


アジア人だと台湾人が9割を占めるんじゃないかってくらい街を歩けば出会うのは台湾人ばかり。


この小さな街にそれだけ大量の台湾人がいると必然的にグループが出来上がる。

Facebookなどにもダーウィンに住む台湾人の情報交換の場であるグループがある。

彼らはそこで色んな情報を集めたりしている。

そんな中シェアハウスの友達の一人が、ケンも日本人のグループ探してみたら?あるかもよ。と提案してきた。


ダーウィンに着いてすぐ知り合った日本人のタケは一年半ダーウィンに住んでいて、まともに日本人と話したのは僕が初めてと言っていたし、多分無いだろうなと思いつつも興味本位で一応チェックしてみた。



が、案の定ヒットせず。



初めてグループなんて検索したけど、他にも住んでいる場所で友達を検索する機能があることを知り、試しにダーウィン在住で検索をかけてみた。



すると、一番上にアッサリと日本人がヒットした。


へぇ。やっぱりいるんだなあ。と軽い気持ちで覗いてみたところ、





なんと!!!!!!!!!






共通の友達が二人居た。




しかもそのうちの一人は僕が三年前にインドを旅していた時にたまたま知り合った同じ静岡市出身のリナだった。笑


このブログに何度も登場する旅友の実原さんとインドでバッタリ遭遇して、その時に実原と一緒にいたのがリナで、彼女は僕と実原さんの会話を後ろで聞いていて、すぐに僕のコテコテの静岡弁に気付き、静岡出身?と聞かれ、そうだよと答えると何区?と質問された。

何区っていったら浜松市か静岡市しかない。

この瞬間なんとなく彼女も静岡市出身なんだろうなと思ったが、やはり僕の読みは正解で、僕の家からチャリで僅か5分くらいのとこに住んでいることが判明した。


後々知ったが、彼女が通っていた大学は僕の高校の時の親友が通っていた大学と同じで何度か遊びに行ったことがあり、僕は多分彼女を見たことがあった。


旅してるとこんな偶然が当たり前のように起きるから面白い。


その後リナとは一緒にマザーテレサが設立した施設でボランティアしたり、親の居ない子供が住む施設に行ったり、色々良い思い出があるなあ。
 

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三年前僕等が泊まっていたインドの安宿パラゴンの屋上で美容師の旅人に一緒に髪を切ってもらったりもしなあ。


Before

 

 

 

 

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After

 

 

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俺髪ボザボサでホームレスみたい。
しっかし懐かしいなあ。


あれから一度も会ってないけど、髪切ってくれたノブさん元気かな~

 

 

 

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ちょっと話しはそれるけど、三年前インドで安宿パラゴンで沢山の最高に変人な友達と出会った。

そんな思い出の宿なんだけど、この前タイを旅した時に他の人から聞いたけど、パラゴンも横の安宿のマリアもドミトリールーム無くなったらしいよ!


物価激安のインドも年々物価が上がっているようで、その影響じゃないかと。


何と無く寂しい気持ちになりました。

地元長南学区の待ち合わせ場所のシンボルとして長年王者として君臨してきたフライデーがいつの間にか潰れていたときのような寂しさ(ごく一部の読者しか理解出来ないローカルネタ)




話を戻すけど、もう一人の共通の友達は、日本に帰国した時にリナと飲みに行って、その時にリナが連れてきた女の子みーちゃん。


みーちゃんとはこの時初めましてだったけど、中学の一つ上の先輩だった。笑


このように僕の愛する静岡市もダーウィン同様に狭いコミュニティなのです。


普段知らない人に滅多にメッセージ送ったりしない僕ですが、こんな出会いを思い返していたら、メッセージ送ってみようかなって気になり送ってみた。


そして、返信が返ってきた。


彼女の名前はゆりこ。


リナとみーちゃんとは同じ大学に通っていたとのこと。


静岡の浜松出身。


何件かメッセージやり取りして、色々話聞きたかったので次の日の仕事終わりに会う約束をした。


彼女は友達のフランス人の女の子を連れて待ち合わせ場所やってきた。


僕らはナイトクラブに行こうとしたが僕がパスポートを忘れた為に、歩いて一緒に僕のシェアハウスのまで戻った。


ゆりこはダーウィンに来てもう半年以上経つが、日本人の友達は僕が初めてだと言っていた。


そんな日本人がレアな街で僅か三週間で4人の日本人と知り合った僕はかなり稀な例なのだろう。


そして、彼女が連れてきたフランス人の女の子がまたクレイジーなやつだった。



僕も300ドルしか持たず何も考えずオーストラリアに来て色んな人に馬鹿だと言われたけど、彼女はなんと10ドルしか持たずにオーストラリアに来たらしい。


10ドルってこの国だとマックで安いセット食べたから終わる金額だからね。


タバコもフィルター無しで吸ってるしぶっ飛んだ人なんだろうな。
いいねえ!やっぱりぶっ飛んだ人好きだなあ。


この後今度はしっかりとパスポートを持ち、友達のジェイスンも誘ってもう一回ナイトクラブに向かった。


が、僕がビーサンに水着とラフな格好で行った為入れず、ゆりこは明日も朝から仕事であまり遅くまでは居ないし今日のところは諦めて、また来週会う約束してバイバイした。


久々に日本語話すとやっぱり母国語だけあって凄く楽。

僕自身、日本人が多い街に行くとこの楽さに負けて絶対英語使わないだろうなと思って、フィリピンでもオーストラリアでも日本人の少ない街を選んだけど、これは本当に正解だっと思う。

やっぱり日本語楽だもんなあ。


英語も日本語と同じくらい楽な気持ちで話せるくらいになりたいな。


勉強頑張ろっと!まずは全然聞き取れないオーストラリア人の英語に慣れる為に、現地の友達を作りたいね!



ps.昨日も朝早く起きてジョギングと瞑想して、昼間はジェイスンと仕事探して、夕方スーパーでビール箱買いして、23時には眠る健康的な生活。

さーて今日は土曜日だし朝から飲んじゃおうかなあ!


収入
ナイトマーッケット105

支出
ビール37


iPhoneからの投稿

 

 

なんとなるゆくーく始めたこのよねだよね?のクズブログ。

東海道五十三次を歩いて旅した時に毎日ブログを更新した。

それ以前にもたまにくだらないブログ書いてたけど、すぐ飽きてブログの存在を忘れ去り、その後しばらく更新してなかったし、別にその時もするつもり無かったのだけど、僕の大好きな旅友のナナちゃんに旅中に更新してねって言われてじゃあしてみるかと気軽な気持ちで始めたら意外と毎日書き続けることが出来た。


人気セミナーを持つナナちゃんがブログで僕のことを紹介してから閲覧数が一気に増えた。

知らない人からも旅ブログみて、元気もらってますとか、いつか旅してみたいですとかコメント貰うようになり嬉しくもあり恥ずかしくもあった。

しかし、その後のフィリピン留学生活では勉強と飲みで忙しく三ヶ月間更新することは無かった。


たまに書こうと試みたけど、日本語の表現をリアルに忘れていて書けなかった。笑


これはマズイとフィリピン生活終わってタイを旅した時からブログを再開した。


日本語のリハビリのつもりで再開したブログも意外と楽しみに読んでくれる方がいる事がわかりこまめな更新を心掛けた。


そして、つい先日ブログにちょくちょくコメントくれてた、ナナちゃんのセミナーに参加したことあるというナナファンの一人の女の子から嬉しいメッセージが届いた。


よねだよね?さんのブログに影響を受けて、私も旅するって決めました。
私も東海道を歩くか、オーストラリアに行くか今考え中なんです。



ななな、なんとっ!!!!





こんな暇つぶしの為に始めたよう自己満オナニークズブログを読んで、旅に行くことを決心してくれるとは、こんなに嬉しいことはないぞ。


彼女はお金を貯めて七月に旅立つとのこと。


まだ行き先は決めてないが、オーストラリアに行ったら一緒に飲んでくれますか?是非いつかお会いしたいです。ともメッセージに書いてあった。




モチのロンです!!!!




その時は一緒にクズになりましょう!



よねりの本領を見せつけたいです。
*よねりとは何か?
静岡のクズクレイジーな友達と飲む時にいつも僕が飲み過ぎて潰れる為、飲んで酔っ払うことをあいつらが勝手に僕のあだ名のよねから引用して『よねる』って言葉を作り仲間内で定着させた。
(例)お前昨日よねった?(お前昨日酔っ払ってやらかした?)
このようにして使う事の出来る便利な言葉である。


クズブログに共感して旅立ちを決めたのであればあなたも間違いなくこっち側の人間だと期待していますよ!


なんてこんなこと言ったら失礼ですね。笑


旅に出るまでに色々サポート出来たらいいなあって思ってます。


僕の旅じゃないけど、楽しみだなあ。


元気のない若者が多いから、もっと人生楽しんで、物の見方を広げて欲しいね。


いつか死ぬんだから、小さい事で悩んでもしょんないら!


僕は何か悩んだから、これやったって死ぬわけじゃないよな?だったらいっちゃえーやっちゃえーって気持ちで生きてます。


口癖は『なんとかなるら~』です。
言葉の語尾にら~をつけるのは静岡弁です。


こんないい事があった一日でした。
これからもなるべくブログのネタになるようなことをやって更新していきたいと思います。


最近の日々は特に変わったことはなく平和な日々です。

朝5時半に起きてジョギング。海で日の出を眺める。
 

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一昨日はハイネケン24本ゲットしました。
台湾人が沢山いるこの街ではFacebookで台湾人のグループがありそこでハイネケン24本入りの一箱を安く売ってくれる人がいるという情報を手に入れたジェイスンと一緒に大喜びでバスに乗りビールをゲットしてきました。

夜にビール飲んで寝て終了。幸せ。

 

 

 

 

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昨日はシェアハウスのオーナーが紹介してくれた日払いの仕事。
中国人経営のお土産屋さんの倉庫の片付け。
2.5時間中々の重労働に汗だくで頑張った。
その後たらふく昼ごはんを奢ってもらって最高に幸せな気分。
給料よりも食べた昼飯の方が高額だった。笑

 

 

 

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そして、帰宅して昼間からビール。

昼寝して、起きてまた飲んで21時には就寝。


あ~久々に美味い日本酒飲みたいな~




一昨日

支出
ビール10
バス3
スーパーでオリーブオイル、インスタントラーメン、クッキー、パスタ、トマトソース12.8


昨日

収入37ドル


残金231ドル



iPhoneからの投稿

 

 

 

三年前、2010年初頭23歳の時にアジアへ旅に出ました。
期待と多少の不安を抱えてバックパック一つで大阪から船に乗り48時間かけて上海に着いた。
これが人生初海外。目に映るもの全てが新鮮だった。久々に子供の頃、仲間と秘密基地を作っているような爆発的なワクワクがあったのを今でも覚えている。
何の情報もなく、もちろん英語なんてこれっぽっちも分からない。
5wも分からなかったし、how muchなどの生きる為の英語も上海に向かう船の中で外人に教えてもらったくらい、何の知識も無しに好奇心一つで日本を飛び出した。

そして中国に入って驚愕した。英語通じない。
中国二日目で超典型的なぼったくりにもあった。
最初の二日は毎日日本で友達と遊ぶ夢を見た。こんな不安な感情初めてだったかも知れない。正直少しビビったね、このまま本当に旅なんて出来んのか?って。
だけんやっぱり二日もたったら馴れてきて余裕になった。
何事も最初の一歩を踏み出すのは勇気が居るけど、踏み出しちゃえばやるしかないしなんとかなるって身をもってこの時知った。

そして色々な親切を人から受けて何度も泣きそうになるほど感謝した。
ソンクラーン(タイの水かけ祭り)が何やら面白そうだと旅人から聞き、旅のルートを変えて行ってみた。その時このブログでも度々出現する実原さんとも出会った。
今考えると全ては繋がっているんだと思う。

そして二人でローカルな場所に潜入してソンクラーンを楽しんだ。毎日地元人と飲み明かして体調は最悪だった。先に酔うのはいつも酒の弱い実原さんだが、結果的に死んで迷惑かけるのは僕だった。笑

一回路上で飲み潰れて、地元民の家の泊めてもらったこともある。クズ中のクズだ。
お父さんの名前はサロイ、お母さんの名前はペン。
そのときの家族がタイ語しか話せないがとてもいい人で財布とかも全部キープして置いてくれて、別れ際には大事そうな仏教のお守りも僕らにくれた。その時バンコクは政治の関係で情勢悪くて日本人が殺されたりもしていたのでとても心配してくれたのだと思う。
僕は今でもそのお守りを日本で大事に保存してあるし、三年経ってサロイとペンのことを忘れたり出来やしないくらい感謝している。

その時の実原さんのブログ


今回タイに来た理由の一つにサロイとペンが元気にしてるか確かめたかった。
ゲストハウスからサロイの家への道順もだいたい覚えている。

そして三年振りに韓国人の友達ダニエルと一緒に90%の期待、10%の不安を胸に抱えそこに向かってみることにした。


まだソンクラーンは始まっておらずローカルな道の為人気も薄くしーんとしている。

そして家が見えてすぐに僕は彼女が誰かわかった!




ペンだ!!!!!!!




めちゃくちゃテンション上がったけど覚えて無かったらどうしよう。髪型も昔は全然違ったしなんて思った僕の思いとは裏腹にすぐに僕に気付いてくれた。


本当に嬉しかった。そしてサロイもたまたま仕事が休みだったらしく家から出てきた。
二人とも嬉しそうにしてくれて、サロイは何やら酒を医者からもらった薬をみしてきてあまり酒を飲んではいけなそうな感じなのに、速攻で飲み会のスタートなった。笑
 

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こちらの酒70バーツ(210円)でタイウイスキーを呼ばれる品物だがとても臭くてまずい。
三年前もこれ飲んだっけなって曖昧だった記憶が一気にフラッシュバックしてきた。


ダニエルも酒強いがまずいと言っていた。笑
みんなで飲んで色んな話をした。ビックリしたのが三年前15歳くらいだった二人の娘、神取(三年前の実原ブログ参照)がなんとお母さんになっていた。笑

三年前にジツ&よねの二人に求愛を迫ったあいつがなんとお母さんに!だけど相変わらず気のきく良い奴だった。そしてこどものワーイがこれまた母に似ず激可愛い!!!!!!

 

 

 

 

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犬小屋に入っても可愛い

 

 

 

 

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ファミリーみんなと

 

 

 

 

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真ん中にいん女性は日本語が話せて、その方が仕事が終わったのでその方の家にみんなで遊びに言ったのだが、サロイとペンは彼女に質問攻め!!!

彼女が仕事終わるまで数時間僕らは通じない言葉で会話していた為聴きたいことが沢山あったのだろう。

もちろん僕も言いたいことは山ほどある。

サロイが家から三年前のソンクラーンの時の僕らと撮った写真を見してきたのだが、これが僕のもってるデータと全く同じだった為、自分が印刷してあげたのだろうかと思ったけど覚えていないのである。

それを翻訳して聞いてみたらやっぱりどうやら僕があげたらしい。

記憶とは曖昧なものだなと感じた。
正直僕はタイは刺激も少ないしそんなに好きな国じゃないのだがこのような出会いのお陰でまたタイにくることになったし、幸せな気持ちをいっぱい貰えた。

僕が来てくれて本当嬉しいって言ってもらえて、こっちまで泣きそうになった。年を取るたびに涙もろくなってきたな。困るわ。

実原さんのことも色々聞かれて、今は結婚して子供もいるんだよって言ったらとても喜んだ。

実原さんダイゴおじさんがもう少し大きくなったら今度は一緒にサロイ達に会いに行こうぜ!!

僕らは宿をとってあったので宿に帰ろうとしたがサロイは泊まっていけって言ってくれた。

泊まらなかったけど、僕はサロイ達のことを第二の家族だと思ってる。

それくらい好きだ。次に行く時にはタイ語を少しは話せるようにしたいな。


色々料理も作ってもらったけどどれも街の食堂で食べるものより美味しかった。

 

 

 

 

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最後に三年前の写真をアップして終わります。

 

 

 

 

 

 

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神取のインパクトは三年経っても衰えるどころかアップしてました。笑


そして俺の髪の毛ぶしょったいし汚いな。やっぱり短髪が楽でいいね。




psブログが全然リアルタイムに追いつかなくて書くのが億劫になっていますが次回は韓国人の友達ダニエルの参加したソンクラーンについて書きたいです。


では今からチェンマイをバンコクに向かいます。
歩きとヒッチハイクに再チャレンジしてみようと思う。

飛行機の関係で25日までにはバンコクに着かなくては。そして面白いネタも探さなきゃ!!

goodbye



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