還暦過ぎの文庫三昧 -2ページ目

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 2004年1月発行の文春文庫。サブタイトルが示す通り、わが国仏教界の最大の教団である浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の生涯を描いた作品である。

 親鸞は洛外日野に領地を持つ日野有範公の長子として生まれた。その生い立ちから、父の失脚に伴い9歳で出家、およそ20年間を比叡山の不断念仏衆として修業に明け暮れたこと、しかし社寺権門の特権のもとでの堂僧生活に疑問を持ち、山を下りて、法然の弟子となったことなどが、生涯の伴侶となった恵信尼との出会いも含めて、順次語られてゆく。入門5年後には浄土宗が弾圧を受ける法難に遭い、師とともに流罪に処せられ、親鸞は越後に流された。非僧非俗を標榜しつつ、自身の宗教的立場を深めるとともに、辺境の庶民強化に努める日々であったが、越後は恵信尼の在所でもあり、子らも生まれて、おだやかな日々でもあったようだ。

 およそ10年後、親鸞とその家族は善光寺の勧進聖とともに関東へ向かう。鎌倉幕府御家人の庇護もあり、積極的に民衆教化に勤めながら、経論の研鑽にも励み、彼の主著『教行信証』の執筆が本格化したのも、このころからであったらしい。原始教団の組織や教義上の問題点も萌芽してくるのだが、いずれにせよ、親鸞と関東の門弟たちとの繋がりは深く、帰洛後の親鸞の生活を支えたのも彼らの寄進なのであった。

 関東在住は20余年、63歳の頃には、親鸞は京都へ戻ったようだ。京都では布教などは一切行わず、ひたすら教学の研究と著作に明け暮れた。したがって生活は逼迫し、恵信尼を在所の越後へ帰さねばならないほどであった。親鸞の死は89歳の頃であるが、その長い年月、彼はひたすら思索と著作に明け暮れたのである。

 恵信尼との細やかな愛情や、子供の成長を喜ぶ親の一面も描かれるし、旅の途中などでの奇瑞の伝承も挿入され、そこに小説としての面白さも見られるが、作品の大半を占めるのは、親鸞が語る言葉や残した文献の紹介による、宗教の解説である。親鸞の思索の経緯を辿るためには、彼が読み解いていった膨大な書物がどのようなものであるかを示す必要があるし、彼が民衆の教化の際に語ったり、門徒からの質問に応えたりする言葉は、そのまま宗教上の教義に繋がるもので、自分のような不信心かつ無学な者には非常に難解なのだ。「自力本願」「他力本願」の意味でさえ朦朧としてくる。この作品は読売新聞朝刊に連載されたということだが、もしかしたら、新聞連載を楽しみにしていた読者も戸惑ったのではないだろうか。

  それでも、わが家も浄土真宗大谷派であるはずだし、自分も70歳を越えて次第に人生のゴールが迫ってきたわけで、もちろんこの作品を読んだからと言ってどれだけその教義を学べたかは疑問だけれど、いまこのときに、親鸞の生涯とその教えに接したことは、よかったと思う。何よりも、親鸞の現生利益を求めずひたすらに学び続けるその生涯が、畏敬に値するように思うのだ。宗教家というより、むしろ学者と呼びたいほどである。

 自分もたまには仏壇に手を合わせて念仏するべきだろうか?

  2015年8月8日  読了

 1973年10月初版発行、2004年6月改版の中公文庫。1965年~67年にかけて刊行された中央公論社版『日本の歴史』を文庫化したものであり、当初の発表から数えれば半世紀を経た作品ということになる。その後、自分も講談社版『日本の歴史』や岩波書店の『岩波講座 日本通史』を買い揃え、目を通してみたけれど、この中公文庫版が最もしっくりくるように思った。学究の徒でもない者には、岩波講座のように重箱の隅を突っついたような論文を読まされても面白いはずがない。そういう意味で、このシリーズは素人の歴史好きを満足させる適宜な内容であると思う。

 実は、先日杉本苑子『穢土荘厳』を読んで、もう一度飛鳥から奈良、平安の時代をおさらいしたくなって、結局は中公文庫版を手にしたという次第。

 この巻で扱われているのは、欽明帝から持統帝までで、途中で難波や近江に朝廷が移った時期があったにせよ、ほぼ飛鳥に都が置かれた時代と言ってよさそうだ。その間で特に紙数が尽くされているのは、聖徳太子の事績の検証、大化改新の流れと意味、壬申の乱の勃発とその後の天皇専制政治、といったところで、いずれも古代史のハイライトであって、記憶を整理するのはもってこいである。もちろん学術的な研究成果も盛り込まれているのだが、著者はそれらを平易な表現で示してくれるので、それほど難しさを感じないで読み進めることができる。この、文章がこなれているところも中央公論社版の特色で、上に上げた後発のシリーズよりはるかに優れているように思う。

 なお、初版から改版までおよそ30年が経過しており、その間の発掘などによる新たな発見等について、解説として補完されているのも親切だと言えよう。十数年前にレンタサイクルで一日かけて飛鳥の遺跡を訪ね回ったことがあり、それらをまざまざと思い出して、楽しい読書となった。

 もう少し、奈良や京都に都が置かれていた時代まで、このシリーズを追いかけてみたいと思う。

  2015年7月12日  読了


 蛇足ですが

 7月4~5日、福島競馬場で過ごしてきました。これでようやく、中央競馬が開催される全10競馬場(札幌、函館、新潟、福島、中山、東京、中京、京都、阪神、小倉)をすべて訪問したことになります。ささやかながら、自分としては一つの夢がかなったような気持で、充足感があります。

 ヤッター!

 


 




 2008年11月㈱西田書店発行の単行本。

 こばやしひろしは岐阜市の劇団「はぐるま」の中心人物として長く活躍した人であるが、それ以前に、自分にとっては高校一年生のときの担任であり、爾来半世紀を経たというのに、恩師としての記憶がいまも瑞々しく残っている。授業中に教科書を無視して持論を展開するなど、型破りではあったけれど、魅力的な先生であった。演劇部の顧問をしておられ、先生に惹かれて自分も同部に在籍することになったのだが、ことさら芝居が好きというわけでもなく、要するに先生のそば近くにいたかっただけだった気がする。(だからここでは、こばやしひろしと表記することは遠慮して、小林先生として書き進めることにしたい。)

 この作品は、小林先生の演劇人としての仕事を総合的に評価しようという試みである。著者は演劇・和歌・俳句の評論活動を続けるかたわら、「演劇集団土の会」を主宰し、戯曲の執筆なども続けているらしく、先生の活動と重なる部分が多々あるし、全日本リアリズム演劇会議のメンバーとしても先生と面識があったようだ。

 (なお、この本は、小学校からの友人でいまは新宿区在住のK君が、先日の古希同窓会の折に、「古書店で見つけた」とプレゼントしてくれたものである。自分のように、書店に寄っても文庫本のコーナーしか見ないのでは、こういう本の存在に気づくことはなかったし、自分が小林先生の教え子であることを覚えていてくれたK君に感謝したい。)

 著者は必ずしも「はぐるま」の舞台を数多く観たわけではなく、また小林先生の書いた脚本についても、その一部しか読んでいないようだ。自分の思いとしては、小林先生は「はぐるま」の座付作者兼演出家であったわけで、その芝居の魅力は「はぐるま」の公演でこそ最も輝いたはずなのだが、岐阜という文化不毛の地(と、先生はよく言っていた)に根付いた劇団であってみれば、著者が「はぐるま」の舞台をみていないとしても、それは止むを得ないことなのだろう。

 以下、目次を列記してみたい。


 序章   「こばやしドラマ」の原点

 第一章 岐阜の「市民劇」とその成立

 第二章 歴史・民衆・郷土と「ドラマ」

 第三章 『豚』(六景)をめぐる私論

 第四章 「中国三部作」と「宗教劇」を支えるこころ

 終章   運動家「こばやしひろし」の六十年 


 序章で小林先生が「こばやしひろし」になるまでを点描した後、第一章では、壮大な野外劇『信長本能寺への道』に紙数を割き、それが岐阜市から依頼の信長四部作の集大成であること、及び大垣市からも『江馬細香と頼山陽』などの作品を依頼されて発表してきたことなどが紹介されている。 第二章では、小林先生の代表作となった『郡上の立百姓』への言及が中心であり、第三章では、過渡期の作品であるらしい『豚』について、かなり突っ込んだ論述がなされている。そして第四章では、中国との交流から生まれた作品と、僧侶でもあった先生の『ブッダ』『親鸞ー叡山を降りる』などの宗教劇へも目配りされている。小林先生が演劇人としてどんどん幅を広げていったことがよくわかる構成である。さらに、終章では、「はぐるま」の動員力や観客の組織化にも触れ、先生の尽力により地方劇団としては稀有な存在となったことにも触れている。

 著者は実作者としての立場から率直な批判も加えるが、概ね好意的に論を重ねてゆく。実際に観た芝居については、感動も隠さない。小林先生がその生涯で成した仕事が、たとえその一部でも、こうした形で残ることを、教え子としてもうれしく思う。

 実は、自分は岐阜に住み続けてきたのだが、「はぐるま」の舞台を観ることなく今日まで来てしまった。一つには、口に糊するのに精一杯であったからだが、それよりも、安逸怠惰な生活に馴染んでしまっていたからだと言ったほうが正鵠を射ているだろう。芝居のこともよくわからない。だから、著者の論述の当否を判断することなど、できるはずもない。自分としては、敬愛する小林先生が残した作品群を概観できただけで、とても満足しているのだ。

 この本が出版された頃は先生もご存命のはずだったが、いまは故人となられてしまった。改めてご冥福をお祈りします。

  2015年6月26日  読了





 1989年5月発行の文春文庫。(アマゾンの検索では文春文庫版の画像がなかったので、表紙写真は中央公論社版「杉本苑子全集」から拝借しています。)
 わが家所蔵の文春文庫版は、上下巻ともに500ページ前後のボリュームであり、一世代前のやや小ぶりの文字が各ページをびっしりと埋めていて、読み進めるのに思いの外難渋してしまった。齢を取るとはこういうことかと、しみじみ実感した次第。(告白すると、この5月に70歳の大台に突入し、ブログタイトルも『古希過ぎの~』と改めるべきかも知れませんが、面倒なので、当面はこのままで続けたいと思います。)
 さて、『穢土荘厳』、長屋王家一族の滅亡のあたりから説き起こされ、大仏開眼のきらびやかな儀式でクライマックスを迎えるまで、平城京を舞台に濃密なドラマが展開してゆく。言い換えるなら、主に聖武天皇の在位期間が時代設定となっているわけで、持統、元明、元正ら蘇我氏系の女帝に対し、藤原不比等亡き後の藤原四兄弟による露骨な権力奮取の企てが起き、まさに聖武天皇こそは蘇我系・藤原系の両者の血が入り混じった天皇であったため、やがては彷徨の王権と呼ばれるに至る彼の苦悩についても色濃く描かれている。
 ただ、それだけでは、『続日本紀』を小説的に焼き直した作品となりかねず、著者はそこに工夫を凝らし、長屋王家の資人であり後に行基に師事し行浄と名乗ることになる手代夏雄や、同僚であった大伴子虫、あるいは市井の医師である張上福やその娘で染物の名手である張皓英などを配して、皇族や貴族だけではなく、平城京に暮らす市民の生活にも目配りすることを忘れない。しかしながら、物語の冒頭こそ、聖武天皇と藤原安宿媛の間に生まれた基皇子を排斥しようと、手代夏雄や大伴子虫が活躍するけれど、そうした活動を誘うことがそもそも藤原家の陰謀に起因していたことがわかってからは、彼らの出番は次第に少なくなってゆくような気がする。すなわち、正史にあらわれた皇族・貴族の動きと、著者が創造した 市井の人物との融合に関しては、必ずしも成功していないのではないだろうか。(もっとも、『続日本紀』を通読したわけではないので、手代夏雄以下が著者の創作による人物であろうと自分は勝手に想像しているだけですが。)
 上に書いた蘇我氏系と藤原一族の抗争、あるいは聖武天皇の胸のうち、さらには権力闘争に勝利した後の藤原氏の贖罪などについては、緻密に検討を加えられ、詳細に描き切ってあって、読み応えは抜群である。この時代の歴史を通観するという意味でも、格好の手引書になっていると思う。古代史に興味があるなら、必読の書であると言ってもよいだろう。
 これはあくまでも個人的な見解だけれど、古代史を読み親しむようになってから、橘三千代(不比等の妻、安宿媛の母)を史上最も魅力的な女性と憧憬してきたのだけれど、この作品では、藤原家が権力を奮取する黒幕的な存在として描かれていて、イメージを汚されてしまった。その点だけが、ちょっと口惜しい気がしてならない。
  2015年6月11日  読了
 
 
 
 



 1984年5月発行の新潮文庫。

 この4月から、朝日新聞で沢木耕太郎の『春に散る』の連載がスタートした。彼が朝日紙上で連載を発表するのは、この『一瞬の夏』以来30余年ぶりだということである。

 『一瞬の夏』は、プロボクサーのカシアス内藤に密着し、「自分が見たことしか書かない」というルポルタージュの方法で書かれたノンフィクション長編であった。そして、今回の新連載は、小説(=フィクション)として書かれるようだが、題材はやはりボクサーであるらしいし、タイトルからの連想でも、前作と何らかの繋がりがあるだろうと推察するのが自然だろう。毎朝の楽しみのためにも、ぜひ、この『一瞬の夏』は読んでおきたいところである。

(自分には新聞連載を読み続ける習慣はなかったのだが、朝日新聞に夏目漱石の『こころ』『三四郎』が復活連載されて、つい読み進めてしまった。どちらも我が家の書棚に文庫本があるし、これまで何回も読んである程度覚えている作品なのに、連載で少しずつ読むと、またひと味違う発見があるようで、纏まったものを読むのとは印象も違う。ともあれ、4月からの新連載を読もうとしているのだから、我がことながら、心境の変化に驚いている。)

 さて、『一瞬の夏』。実は自分はボクシングというスポーツが苦手で、テレビ観戦すらあまりしたことがない。この作品も、当時愛読していた沢木耕太郎の著作でもあり、発刊と同時に買い求めてはいたのだが、ボクシングというテーマに逡巡してしまって、ついに読まなかったと記憶している。つまり、購入から31年目にしての初読である。

 元東洋ミドル級王座であったカシアス内藤は、防衛戦に判定負けして以来消息を絶っていたが、4年ぶりにカムバックすることになった。著者にとって、彼はかつての取材対象であり、『クレイになれなかった男』のタイトルで作品化もしていて、忘れられない存在だ。著者は彼が練習するジムを訪れ、彼の本気度を知って、彼に密着するようになる。

 上巻では、内藤が4年の空白を埋めてボクサーとしての身体を作り上げてゆく過程と、カムバック戦で見事勝利をおさめれるまでが描かれ、下巻では、東洋のタイトルを得るため、著者自らが中心になってマッチメイクをするという、興行の素人には無謀と思われるような活動を続け、しかし試合までに無駄な時間が流れ過ぎて、諸般の事情で内藤の身体と精神を維持することができなくなって、チャンピオンを決める王座決定戦のリングには上がるものの、残念なことにKO負けを喫するまでが綴られている。およそ1年に亘るその間、著者と内藤は濃密な関係を構築し、リング上だけではない闘いをともにしたと言えるだろう。

 ボクサーの生活面やボクシング界の裏表にもかなり言及していて、言いづらいだろうことも著者は直截的に述べている。ルポルタージュであれば、作中の「私」はすなわち沢木耕太郎であるわけだから、私小説の「私」とは意味も違うわけで、執筆には気を使ったのではないだろうか。

 長編であるのに、ずっと緊張感が持続していて、読む側も集中して楽しむことができた。そして最終章の『リア』で後日談が点描されるのだが、ここはおそらく小説ならば書かずに終ったのではないかと思った。作品に実名で登場したカシアス内藤とその家族への配慮がこういう幕切れを欲したのではないかと思うのだ。

 ルポルタージュを書くということは、相当にむつかしいことのようである。

  2015年4月22日  読了

 


 



 2004年10月発行の新潮文庫。諸田玲子の初期の作品の再読の2冊目である。これもやはり、カバー裏面の作品紹介欄には「新感覚の時代小説」と書かれている。

 物語の主人公は杉崎兵五郎、47歳。千七百石の旗本であるが、代々無役の寄合の家であり、ようやく得たお役が小名木川を往来する舟を監視する中川舟番所勤務である。しかし、泰平の世が続き、舟番所の監視もすっかり形骸化しており、勤務は退屈極まりない。

 そんな兵五郎が、小名木川の航行がまだ許されぬ夜明け前に、舳先に十七、八の娘を乗せた小舟が通り過ぎるのを見たことから、物語は動き始める。娘の名はたけといい、ほっそりした体つきで、血の気の失せた青白い顔をしているが、際立って美貌であり、つるという従者と一緒であった。

 兵五郎は二人を自分の屋敷へ連れ帰り、当面、様子を見ることにした。そこから、たけの出生の秘密が次第に明らかになってゆき、ある藩のお家騒動に巻き込まれ、兵五郎も襲撃されるなど危地も訪れるわけで、謎解きの面白さや時代小説らしい活劇も楽しめる趣向であるが、もう一つ、先に読んだ『誰そ彼れ心中』と同様に、恋物語も進展してゆくことになるところが、「新感覚」の由縁なのだろう

 ただし、『誰そ彼れ心中』がやや陰惨な内容で、全体に無気味なトーンであったことに比較すれば、この『幽恋舟』は、兵五郎とたけの、親子ほど年齢の離れた二人の恋であり、兵五郎自身がそのことに戸惑いつつ進行してゆくので、どことなくユーモラスである。同じようにミステリーと恋物語が融合されているとはいえ、味わいは随分と異なっているのだ。

 ミステリー系の作品だけに、どこまで書いてよいか迷うところだが、読者はたけに献身的に尽くすつるに容易に不審の念を抱くことになるのではないだろうか。兵五郎の友人で町奉行所の同心である大島哲之進はこの物語で八面六臂の活躍を見せるのだが、その大島もつるに疑惑を持つのに、兵五郎だけが気づかないというのは、この作品の弱点であるような気もする。

 どうしても、『誰そ彼れ心中』と『幽恋舟』は一対であるように思えてならないのだが、自分としては、不幸な物語である前者のほうを贔屓したくなってしまうのだ。お家騒動の背景が暴かれ事件が一段落し、恋も成就するというような、ハッピーエンドへ向かう小説というものを、自分は欲していないのかもしれない。

  2015年4月11日  読了


 2003年10月発行の新潮文庫。

 諸田玲子の初期の作品には、「新感覚の時代ミステリー」というキャッチコピーが付与されていた。当時の読後感としても、そのコピーからの感化だけではなく、どこかに新鮮さを感じた記憶がある。だが、その後中堅どころとして安定した作家活動を続けるにつれて、「新感覚」とは言えなくなったような気がする。最新作まで熱心に読んでいるわけではないので、不用心かつ無責任な放言なのかも知れないが、『お鳥見女房』などの連載をみていると、ちょっと残念だ。

 というわけで、今回は初期のこの作品の再読。ミステリーであると同時に、最後はタイトル通り心中へと向かう苦しく切ない恋物語でもあって、執筆当時は新人であっただろう作家の並々ならぬ意欲に充ち溢れ、どこをどうと表現することはむつかしいけれど、なるほど新しい息吹を感じることができる。例によって、10年以上も経てばすっかり忘れていて、初読とかわらぬ興奮に包まれたと言ってよい。

 物語の主人公は、旗本・向坂家の宗太郎のもとへ嫁いだ瑞枝である。宗太郎は父の義興の隠居に伴い家督相続を受け、小普請組から書院番に昇格して、表面的には平穏な家庭である。だが、瑞枝は宗太郎の様々な変化に気づく。姿かたちは宗太郎であっても、所作振舞から受ける印象はまるで他人のものだ。そして、もう一人、宗太郎の変化に気づくのが、下男部屋に住む小者の小十郎である。冒頭、からたちの花を手折ろうとして棘に刺され、指先から地を流す瑞枝に、小十郎が声をかけるシーンは、危険を内包した恋の芽生えを予感させるのに十分だ。

 物語は、宗太郎が何者であるかを、瑞枝が追い求めるという一点で進行し、それは向坂家の秘密を次第に知ることになるわけだが、同時に、瑞枝の心は無気味な宗太郎から離れ、小十郎へと傾斜してゆく過程を描くことともなっている。瑞枝は常に監視されているようであり、全体のトーンは重苦しい。明るく楽しい小説とは対極であるが、これもまたミステリー系の作品の醍醐味ではないかと思う。

 最後に瑞枝と小十郎が死ぬことになるのは、タイトルが暗示しているわけで、ここで述べてもかまわないだろうが、その他のストーリー展開を詳述するのは、ネタバレに繋がるので、避けたいと思う。ただ、自分としては、作品世界に引き込まれ、ついつい読み耽ることになったことだけは、伝えておきたい。


 同じく諸田玲子の初期の作品である『幽恋舟』を次に読もうと、さっそく用意しました。そこからも、この作品に惹かれたことをおわかりいただけるのではないでしょうか。

  2015年3月31日  読了


 

 

 



 2015年2月発行の文春文庫。横山秀夫の久しぶりの文庫新刊に気づき、つい買い求めてしまった。なるべく購入は控えて、わが家の書棚の本を読み直そうと思っているのだが、たまにはこうして禁を破ってしまう。

 上下巻に亘るこの『64』は、横山秀夫の作品群の中でも傑出したボリュームであろう。そして、一読後の率直な感想を述べれば、よくもこれだけ、主人公の三上義信あるいはD県警の極限状況を、次から次へと注ぎ込んだものだと思う。帯に、「このミス 1位」の文字が躍っているが、なるほどそれもうなずける圧巻の警察小説であった。

 ミステリーであり、これからNHKでドラマ化されるようでもあるので、ネタバレには注意を払いつつも、作中に設定された極限状況を少しだけ列記してみよう。


 1 D県警の広報官の三上義信の娘・あゆみは、二た月前から消息を絶っている。最近、無言電話があり、妻の美那子はそれ以来電話に拘って、家を出たがらない。なにしろ、物語の冒頭は若い娘の不審死体をあゆみではないと夫婦で確かめにゆくシーンであり、この問題は常に重くのしかかっている。

 2 妊婦が加害者となった交通事故で、その名を匿名扱いにしたことで、警務部と記者クラブは激しい対立を惹き起こしている。上からの命令と、記者の突き上げの間で、広報官である三上の立ち位置は微妙だ。

 3 D県警の汚点ともいうべき、昭和64年に発生した翔子ちゃん誘拐殺害事件(この事件を警察内部の符牒でロクヨンと呼び、それがこの作品のタイトルの由来だ。)の時効が迫り、警察庁長官の視察が決定する。遺族宅訪問の事前調整も広報官の任務であるが、父親はそれを拒否する。また、記者の長官取材も視察のハイライトであるが、対立の影響でスケジュールを詰められない。それに、長官視察は裏にD県警の権力構造が絡んでいるようで、刑事部は猛反発している。

 4 三上は刑事から警務部の広報官に異動になったのだが、たださえ刑事部と警務部とは相容れない部分があって、その意味でも三上の立場は苦しい。どちらからも敵視されかねないのだ。


 長官視察は1週間後であり、つまりはタイムリミットが設定されている。巨大なピラミッドを形成し、上からの命令は絶対であるという警察組織のなかで、三上は右往左往しなければならない。と同時に、翔子ちゃんの父親の頑なな態度は、三上の視線をロクヨンへと遡らせ、三上はついにロクヨンが抱える巨大な闇を突き止めてゆく。

 と、ストーリーを紹介するのもこのあたりまでとしたいが、物語はここからさらに意外な進展を見せるとだけは言っておきたい。警察庁と現場の警察署、刑事部と警務部、警察とマスコミ、刑事と事件、さらには三上の家庭の事情と、さまざまな軋轢を含みつつ、後半は怒涛の展開が待っているのだ。

 なお、上に書いた無言電話や、三上という姓までもが物語の伏線になっているのは、驚きであった。実によく練られたストーリーであると思う。

 横山秀夫の警察小説、さすがの読み応えです。

  2015年3月21日  読了

 

 

 1983年4月発行の新潮社版。全30巻の全集のうち、短篇集は第18~29巻となっていて、ほぼ年代順に掲載されているのが特徴である。短篇集としては5巻目にあたるここには、昭和24年7月~25年5月に発表された12編が収録されている。

 試みに各巻の収録数を列記すると、『第18巻』35編、『第19巻』36編、『第20巻』19編、『第21巻』18編となっており、この巻の12編が随分と少なくなっていることがわかる。すなわち1編の分量は増えているわけで、戦前戦中の物資の乏しかった頃は雑誌のページ数にも制限があったと推察できる一方で、山本周五郎の力量が広く知られるところなって、著者も紙数を気に掛けず思う存分に書けるようになったのであろうとも思われる。

 いつものように、収録作品名、発表年月、発表媒体と、その作品が収載されている新潮文庫のタイトルを以下に列記してみたい。


 『落ち梅記』     昭和24年7月号「講談倶楽部」     新潮文庫『町奉行日記』に収録

 『陽気な客』     昭和24年8月号「苦楽」          新潮文庫『つゆのひぬま』に収録

 『契りきぬ』      昭和24年10~11月号「ロマンス」  新潮文庫『四日のあやめ』に収録

 『桑の木物語』   昭和24年11月号「キング」        新潮文庫『あとのない仮名』に収録

 『おれの女房』   昭和24年11月号「講談雑誌」      新潮文庫『扇野』に収録      

 『泥棒と若殿』   昭和24年12月「講談倶楽部」      新潮文庫『人情裏長屋』に収録

 『おばな沢』     昭和24年12月号「講談雑誌」      新潮文庫『一人ならじ』に収録

 『寒橋』       昭和25年2月号「キング」         新潮文庫『町奉行日記』に収録

 『いさましい話』  昭和25年2月「講談雑誌増刊号」    新潮文庫『あんちゃん』に収録

 『めおと蝶』     昭和25年4月「講談倶楽部増刊号」   新潮文庫『扇野』に収録

 『菊千代抄』    昭和25年4月「週刊朝日春季増刊」   新潮文庫『あんちゃん』に収録

 『長屋天一坊』   昭和25年5月号「講談雑誌」       新潮文庫『人情裏長屋』に収録


 『落ち梅記』には、主人公の金之助と、いまは堕落した暮らしを送る半三郎、その半三郎に嫁ぐ由利江とが登場し、美しくすがすがしい友情物語が展開する。藩主の依頼で国元の不正を調べた金之助は、決定的な証拠を得るが、同時にそれは自らも処罰を受けざるを得ないものであった。裁かれる立場となる金之助は、裁く者として、半三郎を推挙するのである。半三郎もそれを受けて見事に立ち直るのだが、その陰で、由利江の存在が屹立して立ち現われてくる。結末で、由利江が金之助を訪ねるシーンは、涙なしでは読めないだろう。なお、『おばな沢』も、一人の女性を巡る二人の武士の物語であるが、結末は悲惨であり、読後の爽やかさは『落ち梅記』が勝っている。

 『契りきぬ』は、精之助とおなつとの愛情物語。ともに愛し合ってはいるのだが、当初を辿れば、おなつは岡場所で作為的に精之助に接近したのであった。正式に妻として迎えにきた精之助であるが、おなつはそうした過去のいきさつを恥じて、彼から去ってゆく。自分を厳しく律するおなつは、いかにも周五郎作品にふさわしい。この作品も、最後の対面場面で涙が滲んでくるだろう。

 『桑の木物語』は、藩政の改革を進める上での、主従の信頼の物語。『おれの女房』は、絵師の苦心惨憺と、その彼を見限って出て行った妻のお石の物語。夫婦愛を描くと同時に、後の長編『虚空遍歴』に至る萌芽が見えるようだ。

 『泥棒と若殿』と『長屋天一坊』は、やや戯作調のユーモアを狙った作品。特に後者は、語り手を演者(わたし)と表記するほどで、すっかり講釈師になりきっているようだ。周五郎は泣かせるのもうまいが、笑わせることも負けてはいない。

 『菊千代抄』は、女に生まれながら、男として育てられた菊千代の数奇な半生を描いた作品で、やや異色な感じがした。また、『陽気な客』は、この巻唯一の現代小説である。

 こうして発表年代順に並べられた作品集を読んでゆくと、一人の作家が次第に深みを増してゆくことも実感できて、それも楽しい。

  2015年3月11日  読了

 




 1996年4月発行の新潮文庫。
 有名・無名の人々の生き様を断片的に捉えた作品が33編収録されている。小説ならば掌編と呼ぶべき短いものが多いが、なかには普通に短編と呼べそうな長さのものもあって、長短は様々だ。いつものように沢木耕太郎の切り口は鮮やかで、ルポルタージュというよりは、優れた小説作品を満喫したような読後感を味わうことができた。
 まず冒頭の『ナチュラル』が素晴らしい。具体的な名前は記されていないが、明らかに長嶋茂雄の長男・一茂と思われる青年が、プロ入りの決意を母親に伝えるシーンを、アメリカ映画の『ナチュラル』(ロバート・レッドフォード主演の野球映画)と重ねて掬い取っている。 特に、母親ならば、胸にキュンとくることだろう。
 この『ナチュラル』のように、対象を三人称で書き通すときもあれば、『ミッシング(行方不明)』や『ラルフ・ローレンの靴下』のように、著者が「私」として登場し、対象との関わりを綴ってゆく文章もある。ルポルタージュ作家としてある程度の名声を得れば、ファンであったり、その人脈に縋りたい人などが、著者に接触してくることもよくあることで、沢木耕太郎は基本的にはそれらを避けているようだが、偶然が重なったり、時間に余裕があるときなどに、つい話し込んでしまうこともあるのだ。これらは、対象人物の「流儀」もさることながら、沢木耕太郎という作家を知るうえでも、興味深い。
 集中最も心を打たれたのは、『来信』『返信』の、読者からの便りと、著者の返信とからなる続きものの2編であった。というのも、先日読んだばかりの『馬車は走る』でルポルタージュされていた小椋佳(『その木戸を』)と多田雄幸(『オケラのカーニバル』)両氏のその後が描かれていたからだ。およそ15年が経過し、小椋佳は歌手活動をセーブして銀行員になりきって、めでたくも支店長になった。一方のヨットマンであった多田雄幸は、60歳になってもなお世界一周のレースに参加し、しかしオーストラリアで棄権した後、首を吊って自殺したという。しかもそのニュースは、同日に新聞に掲載されたというのである。人がどう生き、どう死のうと、それも「彼らの流儀」であれば、幸不幸や明暗を論じるべきではないだろうが、著者にとって、この偶然の時間的整合は重いものだ。
 なお、余分なことながら、小椋佳はその後銀行を辞し、シンガーソングライターとして幅広く活躍しており、つい最近も「生前葬コンサート」と題して公演をしていたことは、多くの人がご存知であろうと思うが、競馬好きの自分としては、彼が中央競馬の馬主となっていることを、これもつい最近スポーツ紙で知り、もう一つ別の感慨を持った。この作品が世に出てからも、随分と年月が過ぎ去ったのである。
 競馬繋がりで言えば、『最後のダービー』という掌編も含まれている。78歳になろうとする老運転手のタクシーに乗り合わせた著者が、車中で短い会話を交わすだけの内容だが、廃業を間近に控え、馬券を買う楽しみも次のダービーが最後だというのだ。湿っぽくならずに、淡々と馬券談議をするあたりが微笑ましい。
 著者のフットワークの良さからか、世界を駆けまわる人も登場するし、もっと重いテーマに取り組む人も紹介されている。実に様々な人がそれぞれに生きていて、著者はその断面を鮮やかに読者に示してくれるのである。上質のコラム、あるいはエッセイという位置づけなのだろうが、読後の印象は、上にも書いた通り、優れた小説を堪能したというのに近い。
  2015年3月7日  読了