横山秀夫 『64(ロクヨン) (上)(下)』(文春文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。



 2015年2月発行の文春文庫。横山秀夫の久しぶりの文庫新刊に気づき、つい買い求めてしまった。なるべく購入は控えて、わが家の書棚の本を読み直そうと思っているのだが、たまにはこうして禁を破ってしまう。

 上下巻に亘るこの『64』は、横山秀夫の作品群の中でも傑出したボリュームであろう。そして、一読後の率直な感想を述べれば、よくもこれだけ、主人公の三上義信あるいはD県警の極限状況を、次から次へと注ぎ込んだものだと思う。帯に、「このミス 1位」の文字が躍っているが、なるほどそれもうなずける圧巻の警察小説であった。

 ミステリーであり、これからNHKでドラマ化されるようでもあるので、ネタバレには注意を払いつつも、作中に設定された極限状況を少しだけ列記してみよう。


 1 D県警の広報官の三上義信の娘・あゆみは、二た月前から消息を絶っている。最近、無言電話があり、妻の美那子はそれ以来電話に拘って、家を出たがらない。なにしろ、物語の冒頭は若い娘の不審死体をあゆみではないと夫婦で確かめにゆくシーンであり、この問題は常に重くのしかかっている。

 2 妊婦が加害者となった交通事故で、その名を匿名扱いにしたことで、警務部と記者クラブは激しい対立を惹き起こしている。上からの命令と、記者の突き上げの間で、広報官である三上の立ち位置は微妙だ。

 3 D県警の汚点ともいうべき、昭和64年に発生した翔子ちゃん誘拐殺害事件(この事件を警察内部の符牒でロクヨンと呼び、それがこの作品のタイトルの由来だ。)の時効が迫り、警察庁長官の視察が決定する。遺族宅訪問の事前調整も広報官の任務であるが、父親はそれを拒否する。また、記者の長官取材も視察のハイライトであるが、対立の影響でスケジュールを詰められない。それに、長官視察は裏にD県警の権力構造が絡んでいるようで、刑事部は猛反発している。

 4 三上は刑事から警務部の広報官に異動になったのだが、たださえ刑事部と警務部とは相容れない部分があって、その意味でも三上の立場は苦しい。どちらからも敵視されかねないのだ。


 長官視察は1週間後であり、つまりはタイムリミットが設定されている。巨大なピラミッドを形成し、上からの命令は絶対であるという警察組織のなかで、三上は右往左往しなければならない。と同時に、翔子ちゃんの父親の頑なな態度は、三上の視線をロクヨンへと遡らせ、三上はついにロクヨンが抱える巨大な闇を突き止めてゆく。

 と、ストーリーを紹介するのもこのあたりまでとしたいが、物語はここからさらに意外な進展を見せるとだけは言っておきたい。警察庁と現場の警察署、刑事部と警務部、警察とマスコミ、刑事と事件、さらには三上の家庭の事情と、さまざまな軋轢を含みつつ、後半は怒涛の展開が待っているのだ。

 なお、上に書いた無言電話や、三上という姓までもが物語の伏線になっているのは、驚きであった。実によく練られたストーリーであると思う。

 横山秀夫の警察小説、さすがの読み応えです。

  2015年3月21日  読了