山本周五郎 『山本周五郎全集(第21巻) 花匂う 上野介正信』 (新潮社) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 1983年12月発行の新潮社版。全30巻の全集であり、短編集としては第4巻目となっている。18篇が収録されていて、昭和23年2月号~24年1月号の間に各誌に発表されたものだということだ。戦後間もないころであるが、周五郎は精力的に執筆していたようである。

 いつものように、収録作品名、発表媒体、およびその作品が収載されている新潮文庫のタイトルを以下に列記してみよう。(巻末の木村久邇典氏による「附記」を参照しているので、新潮文庫収録は昭和58年10月現在のもの。)


 『椿説女嫌い』    昭和23年2月号「娯楽世界」      新潮文庫『花匂う』に収録

 『失恋第五番』    昭和23年2月号「新青年」       新潮文庫『松風の門』に収録      

 『失恋第六番』    昭和23年3月号「新青年」       新潮文庫『月の松山』に収録

 『山椿』         昭和23年3月号「講談雑誌」     

 『柘榴』         昭和23年4月「サン写真新聞」    新潮文庫『一人ならじ』に収録

 『壱両千両』      昭和23年5月号「講談雑誌」      新潮文庫『月の松山』に収録

 『うぐいす』       昭和23年5月号「ストーリー」

 『古い樫木』      昭和23年6月号「苦楽」         新潮文庫『花も刀も』に収録

 『青嵐』         昭和23年6月号「講談雑誌」      新潮文庫『一人ならじ』に収録

 『上野介正信』    昭和23年6月号「小説新潮」      新潮文庫『深川安楽亭』に収録    

 『真説吝嗇記』    昭和23年7月号「新読物」       新潮文庫『深川安楽亭』に収録

 『人情裏長屋』    昭和23年7月号「講談雑誌」      新潮文庫『人情裏長屋』に収録

 『花匂う』        昭和23年7月号「面白世界別冊」   新潮文庫『花匂う』に収録

 『蘭』          昭和23年8月号「家の光」        新潮文庫『花匂う』に収録

 『合歓木の蔭』    昭和23年9月号「新読物」       新潮文庫『扇野』に収録

 『おしゃべり物語』  昭和23年10月号「講談雑誌」     新潮文庫『つゆのひぬま』に収録

 『山茶花帖』      昭和23年11.12月合併号「新青年」  新潮文庫『雨の山吹』に収録

 『山女魚』       昭和24年1月号「講談雑誌」      新潮文庫『つゆのひぬま』に収録


 『花匂う』は、部屋住みの境遇にあった直弥と隣家の娘・多津との十数年に及ぶ恋物語である。やむなく不幸な結婚をした多津と、冷飯食いの身ながらめげることなく地誌の研究に没頭してやがて認められてゆく直弥が、迂遠な道程を経てついに結ばれるのは、感動的である。山本周五郎はこういう題材を書かせたら実にうまい。思わず涙が滲んでくる。

 『上野介正信』は、佐倉城主・上野介正信が泰平の世に警鐘を鳴らすべく孤軍奮闘し、ついには幽閉され自害するまでの痛ましい姿を、庭の世話をしていた茂助の視線から描いている。深く考えさせられる内容を含んでいるが、あまりに悲劇的で暗い物語だ。

 『失恋第五番』『失恋第六番』は連作の現代小説であるが、タイトルとは裏腹に、スパイ活劇もどきとなっているのが意外である。また『うぐいす』も現代物であるが、こちらは戦後の上野駅の地下道などが生々しく描かれ、風俗小説ともなっている。

 『真説吝嗇記』『人情裏長屋』『おしゃべり物語』など、講談調の滑稽物も目立ち、好き嫌いが分かれるところかも知れないが、これはこれで周五郎の独壇場であって、自分には楽しい。ただし、喫茶店など人の多いところで読むのは控えたほうがいいだろう。一人で吹き出したりしている様子を見るのは気味が悪いですからね。

 大半はかつて読んだものであるはずなのに、記憶力が悪いせいか、読むたびに新鮮な面白味が溢れてくる。眠りに入る前のひと時を、周五郎の短編を少しでも読んで過ごす、そういう習慣がいましばらく続きそうである。

  2014年11月9日  読了