藤沢周平 『風の果て(下)』 (文春文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 今週は31日(日)、2日(火)、4日(木)と、3回もゴルフをしてしまった。年齢を顧みずの暴挙で、さすがに4日は後半3ホールで大叩きの結果であった。いささかお疲れである。

 さて、本書は1988年1月発行の文春文庫。およそ25年ぶりに読む藤沢周平時代劇の後編である。

 物語の現在時間では、桑山又左衛門は野瀬市之丞を捜し続けているのだが、市之丞は又左衛門を避けているらしく、あくまで決闘の日時まで姿を現さないつもりらしい。その間に、又左衛門の回想はどんどん進んでゆく。

 藩で政変が起き、杉山忠兵衛が執政の座に就いた。追われた小黒派の不満分子が忠兵衛を襲ったが、頼まれて護衛についていた隼太(=又左衛門)の活躍もあり、市之丞も隠密裏に忠兵衛擁護に回ったようで、結果、仕組まれたような鮮やかさで政変が実現した。

 藩は財政難で困窮している。そんな中で、隼太は懸案であった太蔵が原への水引に目処をつける。しかし、開墾に二の足を踏む忠兵衛とは、この頃から対立が始まった。地元の豪商から資金を捻出し、隼太はようやく太蔵が原を農地とすることに成功した。それは将来的に藩の財政を潤すはずで、藩主もその成果に注目することになる。藩主のお声掛かりで、隼太も執政の一員に取り立てられることになった。若い頃、部屋住みで途方に暮れていた身が、ついに藩の中枢にまで上り詰めたのである。

 筆頭家老となった杉山忠兵衛は、当初は隼太を重くは見なかったようで、幼馴染でもあり、自分の派閥の末席の一員程度に考えていた。しかし、逼迫する財政問題の解決策を巡って、隼太は次第に忠兵衛に対抗せざるを得なくなる。藩内屈指の名家の跡取りであった忠兵衛と、農民の暮らしをつぶさに見てきた隼太とでは、当然に、目指す政治は異なるのである。そしてついに、隼太は忠兵衛に打ち勝ち、忠兵衛一派を藩政の場から追い落として、自らが実権を握ることに成功する。藩のため、領民のためという名分はあったけれど、それは必ずしもきれいごとで済むようなことではなかったのだけれど。

 筆頭家老となり、桑山又左衛門を名乗ることになったが、杉山派からは命を狙われている気配である。忠兵衛にすれば、又左衛門は裏切り者と写ることだろう。と、ここまで回想を続け、やっと現在時間とクロスするところまできて、又左衛門は改めて市之丞のことを考える。もしかしたら、市之丞は忠兵衛の飼犬となっていて、刺客の役目も担ってきたのではないか? このたびの決闘状も、忠兵衛の意向に沿ったものではないか?

 最後はその決闘シーンである。又左衛門は、結局、家僕を伏せてはおいたものの、一人で市之丞と対決することにした。片貝道場で競い合った者同士、むざむざ討たれるとは思えなかったのだ。

 しかし、この決闘シーンはユーモラスである。市之丞は病魔に冒されているし、又左衛門も息切れが激しい。結果は又左衛門の勝利に終るのだが、あるいは、市之丞は友人の又左衛門に討たれることを願って、決闘を申し込んだのであろうか。

 それにしても、よく練られた作品であった。時代小説の形はとっているものの、現代の企業内の成長や葛藤の物語へと置き換えても、十分に通用しそうだ。経済の問題もしっかり押さえてあるので、余計にその意を強くする。その上で、時代小説らしい見せ場は随所に用意され、読者を惹き込んでゆく。いつも思うことだが、いい作品は何度読んでも面白いのだ。

 最近は、わが家の書棚を読み漁るのが、結構、楽しい。

  2013年4月6日  読了