新潮文庫の改版。書店を覘いたら、新潮文庫の歴史時代小説フェアをやっていて、この本も平積みされていた。およそ15年ほど前に、藤沢作品を集中的に読んだ時期があって、『用心棒日月抄』のシリーズ全4冊もそのときに読んだのだが、ふと再読してみたくなってしまった。
結論を先に言えば、良い作品は何度読んでも面白い、ということに尽きる。藤沢周平という作家については、小説の運びのうまさとともに、端正な文章が素晴らしいと思うのだが、この作品はまさにその神髄であろうと思う。時に軽いユーモアを含んだ円熟の筆致は、全般に暗い他の作品群とも一線を画しているような気がする。
この作品ではストーリーが3本立てで進んでゆくので、面白くないはずがないのだ。まず、主人公の青江又八郎は、北国の小藩の武士であったが、家老の藩主毒殺の陰謀を耳にしたことから、家老に組する許嫁の父親を斬って脱藩し、いまは江戸の裏店に住んでいる。藩の動向や許嫁のその後を気にしつつ、家老が差し向ける刺客と対決してゆくというのが、一つの柱である。
同時に、物語はご存知「忠臣蔵」と微妙に絡んでゆき、第一話が浅野と吉良の刃傷に触れ、最終話では、藩に戻った又八郎の耳に、主君の仇討ちを果たした浅野浪人全員の切腹の報が聞こえてくるのである。その間、又八郎は浅野浪人と少なからぬ縁ができ、秘かに彼等の企図を応援したい気分になっている。これが二つ目の柱である。
そして、又八郎が江戸で口に糊するために、口入屋の吉蔵の斡旋であちこちの用心棒に出かけてゆき、各回ごとにそこで様々な事件に遭遇してゆくのである。同じく吉蔵の元へ出入りしている浪人の細谷源太夫とともに励むこの用心棒稼業が、趣向に充ちていて、実に楽しいのである。
全編を通してのレギュラー出演は、又八郎、源太夫、吉蔵の3人だけであるが、この3人の掛け合いのなかにユーモアが交じる。そして、出かけた先で、次第に浅野対吉良の緊迫した関係のなかに身を置かざるを得なくなってゆく。そこへ家老の討手が突然襲い掛かってくることもあり、緊迫した剣戟シーンも豊富だ。ストーリが錯綜しつつ、しかしゆったりと流れてゆくのが、何とも言えぬ味わいである。
最終話で、藩に戻った又八郎の証言もあって家老派は粛清され、又八郎の復帰も叶い、許嫁との関係も戻って、すっきりと落ち着くのも心地良い。上質の娯楽読み物を堪能した満足感に包まれることができた。
2006年11月22日 読了