藤沢周平 『孤剣 用心棒日月抄』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 新潮文庫の改版。先日読んだ『用心棒日月抄 』の面白さに引かれて、さっそくシリーズ2作目を読破してしまった。

 前作の最後で、間宮中老が大富派を粛清し藩は落ち着くかに見えたのだが、大富静馬が連判状や手紙類の証拠書類を持って江戸へ向かったことが判明し、間宮の命令により、またも又八郎は江戸へ舞い戻ってくる。形式上は脱藩の形をとり、自分の食い扶持は自分で稼がざるを得ず、つまりは用心棒に逆戻りして、同時に困難な探索を続けねばならないのだ。

 前作では「忠臣蔵」との関わりもあってストーリーは3本立てであったが、さすがにこの作品ではそうもゆかず、静馬を追う又八郎という構図と、用心棒稼業におけるあれこれの2本立てで進んでゆく。その代わり、口入屋の吉蔵、同じ用心棒の細谷源太夫の旧レギュラーに加えて、もう一人の用心棒として米坂八内が現れ、そして、前作でも又八郎と絡んだ嗅足組の佐知が重要な役回りを演じることになり、敵役の大富静馬を含めて登場人物にヴァラエティが増している。しかも、藩のゴタゴタを察知して公儀隠密も探索に加わってきて、物語の展開は複雑化している。

 佐知は藩の影の組織を率いている女性であり、静馬の動向を探ることにおいては、又八郎は彼女に頼り切りである。のみならず、佐知が静馬に捕らえられたときは又八郎が救い、又八郎が公儀隠密に襲われ拷問を受けた際には佐知が救出に来て、この物語では切っても切れない関係になっている。さらには、前作で彼女の傷の手当をした際、又八郎は彼女の秘所を見ており、今度は乳房を見ることにもなって、非常につつましやかではあるけれど、男と女が時々顔を出す。このあたりの機微が、何とも言えない味わいを醸し出しているのである。

 今作では、用心棒に出向いた先でも、強力な敵と相対することになり、著者お得意の剣戟場面も豊富である。同時に、前作と同様にユーモアの味付けもなされている。サービス精神に溢れた作品と言えそうだ。そして最後は、又八郎は源太夫にも助力を頼み、隠密一味を倒し、ついには静馬との対決をも制し、無事に連判状を手にする。目出度し目出度しの幕切れが用意されているのである。

 娯楽作品として、実に非の打ち所のない時代小説である。前作でも思ったことだが、良い作品は何度読んでもその度に面白いということを、改めて確認した気分だ。

  2006年11月28日 読了