文春文庫新装版の下巻。旗本・神名家の冷飯食いである平四郎が、よろず仲裁の看板を掲げて、口八丁手八丁の大活躍をするシリーズである。
解説によると、この作品は月刊誌「オール読物」に2年間に亘って連載されたとあり、なるほど、上下巻それぞれ12の連作小説が収められている。江戸の町並みが季節の移ろいとともに読者の目に鮮やかに描かれるのも、月刊誌連載ならではかもしれない。
一体に著者の作風は端正で、シリアスな作品が多いと思うのだが、この作品に関しては、著者は読者サービスに徹したのではないだろうか。平四郎に寄せられるよろずの相談事は夫婦・家族間の悩み事も多く、その仲裁はユーモラスでもある。一方、強請りたかりの相談事に対しては、相手も凶暴な出方をしてくるため、平四郎も剣を抜かざるを得ず、緊迫した立ち回りシーンとなる。硬軟を巧みに使い分けて、読者を厭きさせないのだ。
その上に、著者の作話のうまさが際立つのは、毎回の相談事の解決に動き回る平四郎の背景に、元の許嫁であった早苗の動向や、兄・監物と敵対する鳥居耀蔵の一派の探索や、友人の明石・北見と共同で進める剣術道場の開設の過程など、必ずもう一つの話題が並行してゆくのである。これらは上巻の第1話で既に呈示され、全編を通してゆるやかに語られてゆく。そして、驚くことに、最終回に向かってどれもがきれいに収まってゆくのである。つまり、1篇の長編小説としての体裁も備えてしまうわけで、その手際のよさは実に見事なものだ。いわばハッピーエンドの結末となるのだが、決して安直な印象ではなく、読者としては胸のつかえがおりて快哉を叫びたくなる気分になれるのである。
映画で例えれば、上質の娯楽活劇。安心して楽しみに浸ることのできる藤沢ワールドであった。
2006年5月31日 読了