乃南アサ 『嗤う闇 女刑事音道貴子』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 新潮文庫11月の新刊。音道貴子のシリーズは既に何冊か読んでいて、お馴染なのだけれど、今回の貴子は昇進に伴い立川の機動捜査隊から隅田川東警察署に転勤していて、職場環境もすっかり変化しているので、従来作品とは相当に趣きが異なるようである。機動捜査隊という、どちらかと言えば男の社会で、肩肘張って精一杯頑張り、時には大型バイクで犯人を追っていた女刑事が懐かしい。

 4作の中編で構成されているが、やはり表題作の出来が最も良いようだ。レイプ未遂事件の通報で犯人として名が挙がったのは、何と、貴子の恋人で家具職人の昂一だった。被害者は新聞社の女性記者で、何故昂一に罪を着せようとするのかがわからない。根気よく彼女の心をほぐし、事件発生時、抵抗して加害者の小指を噛んだことを聞き出し、やがてそれが真犯人逮捕の決め手となってゆく。女性記者は新聞社の上司を庇おうとしていたのだ。事件の解決に進む過程で、貴子と昂一の好ましい関係も描かれて、貴子の新しい生活観もよく窺える。

 他では、1作目に置かれた『その夜の二人』だろうか。冒頭に親子喧嘩が出てくるが、それは隅田川東警察署の刑事課がどんな仕事をこなしているかの説明材料のようで、事件とは無関係であって、やや面食らう。主題は侵入犯に主婦が襲われて大怪我を負ったという事件で、身近で意外なところに犯人がいた。謎解きや推理を前面に押し出すのではなく、貴子の大車輪の活躍を描くのでもなく、あくまでも警察署の実態を描写することが眼目かと思える作品である。

 『残りの春』は、事件ともいえない老俳優の孤独を語り、『木綿の部屋』に至っては貴子の元同僚の家族の話であって、事件性は薄い。そのため、緊迫感に欠けるし、つまりは面白いとは言い難いようだ。

 音道貴子も一人の警察組織の人間であれば、なるほど異動もするし、本人のためには昇格もおめでたいことであるが、しかし、小説の主人公である貴子は、やはり機動捜査隊員のままであって欲しかった。警察署の内部を描きたいのであれば、敢て貴子を持ってくる必要はなかったのではないか。そんな気がしてならず、読後感も半端な感じであった。

  2006年11月17日 読了