藤沢周平 『彫師伊之助捕物覚え ささやく河』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 

 4月に同じ伊之助のシリーズ『消えた女』を読んだ。ともに文字が大きくなった改刷版で、つまり、わが家の本棚には以前読んだ同じ本が並んでいるのに、文字が大きくなったと聞くと、改めて購入して読むことになってしまう。金銭的には明らかに無駄であるし、本棚に並べる必然性も疑問なのだが、これで楽しいのだから、どうしようもない。

 帯に大江戸ハードボイルドと書いてあるように、元腕利きの目明しで、今は版木の彫師としてひっそりと暮らそうとしている伊之助が、事件に巻き込まれ、制約を受ける探索の条件下で、それでも解決に漕ぎ着けるまでの物語であり、藤沢周平の系列としては、武家物とも下町人情物とも歴史物とも異なっていて、やや特殊と言えるのかも知れない。

 一つの殺人事件が過去の3人組の押込み強盗に関連することがわかり、犯人逮捕は証拠固めに尽きると思いきや、やがて容疑者も殺害されて、捜査は振出しに戻ってしまう。一捻りしたストーリーで、事件の背後に押込み強盗があることは間違いないのだが、最後は意外な犯人像が現れてくるという展開。いわゆる闊達の筆使いという感じで、最後まで安心して読めるのは流石である。

 2005年6月16日 読了