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二月を二分する日付、十四日。
この日我々は自身のポテンシャルにより様々な分類に振り分けられる。
その振り分けを決め、我々に優劣を付けるのが日本全国の淡い恋心を抱いた乙女たちである。
お菓子メーカーが戦後より緻密に根付かせた「贈り物はチョコレート」という商業的マインドコントロールに酔わされた振りをし、実は本当に酔っていたのは私だけではあるまい。
この祭りを愛憎の地獄絵図に変えるのは主に女性、この場合は女学生が主権を握っているのが一般的である。
意中の男性に対して、胸に秘めた思いを、甘くて黒いお菓子に込めて渡す。
私にはこれが甘酸っぱ過ぎる青春ラブストーリーの始まりのような気がして、いささか不安である。
無論、この場合のチョコを渡すという意味は愛の告白は勿論、もう1つはホワイトデーのお返しが目的なのである、そうである。全ては私の主観だが…。

あるものはこの日に命を懸けてきたとばかりに意気込み、またあるものは無関心を装いつつも陰に秘めた思いを意中の殿方の下駄箱などに恋文を添えてはそわそわぞくぞくしている。
そしてまたあるものは博愛主義者を装い、親しい友人に男女分け隔てなく菓子を配る、その陰ではきちんと一ヶ月後のお返しを視野にいれている。
なんという博愛主義者か!


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こうして私が黙々と妄想に耽る最中、誰ぞやが私の肩をポンと叩く

『これ』
何かと思い振り返ると、そこには永遠の至宝、魂の糖分摂取たるチョコがいた。

『余ったから、あげようと思って』
ほほう。
やっと時代が私という高邁な人間に気付いたといったところだろう。

考えれば至極不思議な話でない、なので私は驚かない。

『ああ、ありがとね』

その時、私の笑うことを忘れた口角筋は不自然にぴくぴく動き、その満腔の嬉しさを含んだ微笑は、複雑怪奇極まれる不気味さを湛えていたことは言わずもがなである。



バレンタインなぞ、恋に恋した学生達がお互いを慰めるために送るものであるから、決して私は素直に喜ばない。
だがしかし
『貰った物を無下に捨ているわけにはいかないであろう!』

美味しく食べてしかるべきだ。

そしてチョコのお返しを考えない程ターザンのような男では無い。
私は常に紳士である。

『待っていろホワイトデー!』






ホワイトデーに続く
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~猫は魚を食べたいが、足を濡らすのは嫌である~



その者は至極高貴な毛皮を纏い、鈍色に尖がった爪を持っています。
ですが、天国にあるような神様専用ソファと言いましょうか
何とも筆舌には形容し難い
『モファッ』
とした柔らかさを持ち合わせるという世にも愉快不可解な不思議なやつなのです。


賢い皆様はもうお分かりでありましょうか


そうです、私がこの世界で一番敬愛する生き物とは
『ニャオィ』と愛らしく時には情けないような声で鳴き
たまにはゴキブリを仕留めてくるという強者、ですがそれ以上に
私の脳内に一瞬にしてせめ固まった可愛いという固定概念
英訳でキャット、和訳で猫、そうです、世間一般にタマと呼ばれる炬燵が一番似合う猫の中の猫、それは三毛猫のことでありました。


あの日の私は猫に溺愛していたのです…



三毛猫のタマと私とのエピソードは数知れず
時には知人の家にて遭遇
『ニャー』
そして時には公園のベンチの下での邂逅
『ニャオィ』
またある時には思いがけず川のほとりで
『ゴロニャーゴ』

と、その愛すべき三毛猫達は何処にいても私からタマと呼ばれ、そして何処にいてもおかしく無い程に、この人間社会に順応して江戸時代からタマと呼ばれこよなく万人から愛されてきたのです。


ここで少し公園で『ニャオィ』と
甘く切なく、私に現実の猫事情を身を持って体現してくれた、ふくよかなお腹を持つ三毛猫との一夜だけのお話を語ろうかと思います。
これを読んでいる皆々様には至極不毛な時間になると思いますが、愛すべき三毛猫に注目し、また1つの教訓としてご静読して頂けたら幸いと思います。
あわよくば子猫愛玩主義者の私にエールを。



季節は初春
春にしてはまだ冬の寒さが残る日のことでした。

私は公園で読書をするのがとても好きです。
本は私を頭脳聡明にしてくれます、しかもオモチロオカシイという思わぬ一石二鳥!

それに公園で本を読み耽っていれば、自分は読書好きな人間で、日々高邁な思索に思いを馳せては楽しめる、そんな人になれたのかしらん。
という錯覚を交えた自信も付くのです、一石三鳥なんです!


その時も、何時ものように肌寒い中何かと戦う高貴なる乙女ジャンヌ・ダルクのように
黙々と1人、本を読み耽っていた時のことでありました

私は読書を終え、しおりを本に挟んだ時、草むらの陰からか『ニャオィ』と
可愛い鳴き声が聞こえたのです
無類の動物好きの私にはその鳴き声の主が何者なのか、すぐに分かりました。

ガサガサ
『ニャッ』
『やはりっ!』
私は自慢気に鼻を鳴らして言いました。
私の勘は外れたことがないのです

そのふくよかなお腹を持つゴワゴワの毛をかぶった三毛猫の愛くるしい、何かを訴えるような瞳に、私は一瞬でソレを悟りました。
そしてそのでっぷり三毛猫が何を求めているのか
私には分かりました『分かったぞ~、タマ』
さき程も言いましたが、私の勘は案外当たるのです。

私はおもむろに立ち上がり、すぐ最寄りの駄菓子屋さんへ行き、ソレを買いました。

ソレを手にした私は、でっぷり猫君のいた場所に戻り、お腹の出たその三毛猫がまだいるかを確認しました。


ですがその体に似合わず、俊敏な動きで卒然と姿を消したと思われるその三毛猫は戻ってきた時にはもう見当たりませんでした。

私はひどくがっかりしました、ですがベンチの下から『ニャオィ』と、まるで私を催促するかのような三毛猫番長のしゃがれた声があがり、でっぷり三毛猫のタマさんはその勢いで私の膝に『でん!』と腰を下ろしたのです。

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私はその時かつてない程に自身に眠る母性本能とこの飽食時代の都会の猫の圧倒的重量感を身を持って感じました。カワユイカワユイチョットオモイ

私の買ってきた烏賊の薫製の美しく滑らかな、蛸には無い流線型の曲線美に目を奪われたお山の大将は
私のことなどまったく意に介さないご様子で、まさしくシマウマを虎視眈々と狙う野生の王・ライオンのような、猫科特有の獲物を狩る目をしていました。
体はでっぷりとしているのに、野生の本能を目だけで体現するお猫の大将の食料請求は
ひどく尖り鈍色の妖しい光を放つ爪を私の膝小僧におもいくそ立てていたのです。

私は思わず『oh.shit!!』と言いかけてから、
『痛っ』と言いました。
予期せぬそのお山の大将の裏切り行為に、持っていたイカの薫製を私は落としてしまいました。

その瞬間『それを待ってイカ』と言わんばかりに泥棒もかくやと思われる軽やかな足取りで烏賊をくわえ草むらへ逃げていく石川三毛猫の後ろ姿がそこにはありました。
その時、私は膝小僧の痛さと弱肉強食の世界を教えてくれたふくよかな三毛猫の姿を思い起こし、毅然として空に向かい呟きました。




『猫も私をみんなご都合主義者だ!』













~猫は魚を食べたいが、足を濡らすのは嫌である
だがしかし、足を汚してまでも烏賊を食べたい猫はいた。
今回ばかりは正論である~
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最寄りの行政書士会館にて
受験願書なるものを貰ってきましたですます。この茶封筒、手に取りますると
ますますの現実感に落涙しそうになりまする。

これも小心者の血のしからしむるところなり!




このところ民法やら、はたまた行政法の厄介者、不服申立て玉五郎&取消訴訟小三郎の八面六臂の暗躍によりましり
脳内の約9割を妄想による高邁な思索により満ち満たしていた自由淫酔ワールドに、突如介入してきまするは法律の壁

そして今や脳内の八割分しか活用出来なくなった妄想思索的自由思考は
パンク寸前の水風船のように膨らみ、はち切れそうな大脳バンクは気を抜けば自由猥褻的思想による非現実な言動を現実
行動に起こしてしまうやもしれぬ衝動に駆られましています。

ので今や妄想による思考はドクターストップの状態ですます。



ですが更新の滞ったこのブログ、足を運んでくれます方へ、必ずや近いうちに更新しますので、たまには足を運んでみてくださいまし。



そして、1ヶ月以上の停止期間中にも関わらず、足を運んでくれた数人の変わり者様諸賢へ、ありがとうございます。そして、申し訳ないです。







『コメミコメヒコのブログは八割型御都合主義だ!』
『更新しないことは、至極悪いことなりー!!』














更新頑張ります。