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門外不出の人間哲学を知って貰うためにはどうすればいいものか!

不出の侍精神を胸に秘め
『私は高邁な思想の持ち主であるからして、私という人間を分かって貰うのに時間は必要無いと考える。このあたり、私が高邁な侍精神を携えているという確固たる証拠になることは皆目瞭然。言わずもがなである』


だがしかし、門外不出のインドア侍の精神なぞ、どのようにして外部へ伝えようか。

きっとそのインドア侍は、常に家に閉じこもっているのだ。そして時折ため息を混じらせながら刀を眺める。夕飯時には満腔の怒りを込め、野菜に対し刀を振るう。

妻に対しては
『私は常に精神を研ぎ澄ます必要がある』と言い。

『おい、いつまで精神を研ぎ澄ましているつもりだい。頭から茸が生えちまうよ』と友人に問われれば

『日頃の鍛練が物を言うこのご時世、鍛練なくして不動の精神は語れまい。私は精神を鍛えているのだ』と言う。


慈愛の塊、侍、唯一の理解者である、聖母ならぬ、母'とみ子'に対しては

『だって怖いじゃありませんか』と本音を語るのである。






『杞憂なり』母は言う。





そして侍は大人になった。
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彼女は名前を渡部京子と言った。彼女の父は自衛隊の二佐という役職についている。
威厳もあり、部下にも慕われる。
しかし至極真面目で至極怖い。

彼女は父の性格の全てを受け継いでいた。

京子は大学の二回生である。
正義感が強く法学部に所属しており、彼女の小さな背中に背負われた正義の十字架の大きさは周知の通りで、小さな悪を見つけるやいなや、その正義の咆哮をもって『お叱り』をすることが有名であった。
一回生が終わった時点での彼女は『吠える正義の使者』の通り名を持ち、その咆哮で学内の悪を震撼させていたという。二回生の今、彼女の前で悪事を働く学生の姿は無くなっていた。
彼女は常々口癖のように

『法を破る人間は悪です』
と言った。

『この世の悪は私が成敗します』
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『人と言う字は、人と人とが重なり合って出来ているのだよ』と
彼は口をとがらせて話す。
なにやら聞いたことのある話しだ、と不満そうに顔をしかめているのがこの物語の主人公である。

言わずもがな、人と言う字のありがたい話しをしていたのは彼であった。


彼は名を真野という。性別は男、容姿は黒を好んだ探偵風の出で立ち。背は低くもなく高くもなく、体格もええじゃないかと人並み以上に恋人未満。
いわゆる日本男児の平均的な姿である。

出で立ちは普通だが、彼はとても変わっていた。
『皆は変わってるって言うけど、訳がわからんのです』と彼は言う。一人空に。
ナレーションの私から見れば、彼は、いや真野真と言う男はとても風変わりな、至極常識のある、変わった人なのであった。


そしてもう1人、この物語には重要な役割を果たす2人目の主人公がいる。彼女は真野唯一の友人であり、またその天性の気の強さを持ってたびたび咆哮し、真野の外れかかる道を幾分か修正してきた。いわば友人であり恩人。
だが関係は友達以上に友達未満のいわゆる健全な友人、だが、彼女もまた変わり者だとナレーターは見ている。


それはある日某時間
『シュレディンガーの猫はさ、別に犬であろうが馬であろうが、はたまたげっ歯類のハダカデバネズミだろうが何でも構わんと思うんだ。要は箱の蓋を開けた時に中の生き物が喜び勇みコサックダンスを踊っているか、手を合わし心ここにあらずか、どちらかが分かりゃあ良いんだ。なぁ?』
『うん。まあね。だが貴君、もし仮に、100歩譲ったとしてげっ歯類の"ハダカデバネズミ"をシュレディンガーが採用したとしよう。そうなれば、その思考実験の名は『シュレディンガーのハダカデバネズミ(げっ歯類)』となってしまうよ。これは、量子論やその他諸々の複雑怪奇な実験を行う学生達に酷だとは思わないか?なあ貴君』

とまあ、空に1人、悟りを開かんとしているのが真野である。
こうした一人対話は真野にはごく当り前の日常であるらしい。

真野は侃々諤々の大論争の末『シュレディンガーの猫』を『シュレディンガーのハダカデバネズミ(げっ歯類)』とし議論は終結を迎えた。
彼はこれを"歴史のリライト"と呼んだ。

三国志に大きく名を残すあの"黄巾の乱"でさえ、黄色が嫌いでイチゴが好きという理由で"ストロベリーミルクの乱"と称し歴史のリライトをやってのけた。
もう何が何だか分からない。

そんな彼だが、頭の方は100歩譲らずとも優秀で、この点においては同学部の人間からも一目を置かれ、ひいては、黒髪の乙女にさえ円にチョップをくらわせたような眼差しで崇められていた。
というのは彼の妄想による産物による悲しくも淋しい夢であった。
"歴史の教える教訓"を誰がためか"歴史のリライト"を行い歴史の何たるかを侮辱しているホモサピエンスの面汚しが頭の良かろうわけが無い。
ナレーションの私でさえも血道を上げる程なのだから。