二日に古い友人と会い、ジャズの話などをする。先輩だったり後輩だったりの関係だった呼称のままで今もお互いを呼ぶ。
 なにやらなくした鍵を見つけたみたいに脳の中の古い一角を開けてしまったようで、今日になって、20年ほど前に先生についてピアノを習っていたときの様式で"LEFT ALONE"のピアノ・アレンジをめらめらと書く。
 先生はご健在なのだろうか。74歳くらいのはずだが…。
 

新年早々借りたのは次の2枚。

オリバー・ネルソン『ブルースの真実』
マイルス・デイヴィス『クールの誕生』

 いずれもビッグ・コンボによる作品である。前者は4管、後者は6管。それだけの管で、どうしてこんなゴージャスなサウンドがするのだろうという、多少なりとも編曲に関心のある者にとっては聖典のようなものであるが、そういう関心のない人にはまったくつまらないであろう類のものともいえる。

 しかし、なんだってツタヤ光が丘店にはこんな渋いCDが置いてあるのだ。
 

明けましておめでとうございます。
今年はアウトプットは抑制し、インプットに力を注ぎたいなあと思いつつ、どうなるかは終わってみないと分りません。

 俳人から年賀状を頂くと、一枚一枚別の句をその場で作ってお返事するので、時間がかかるのですが、楽しい時間です。そんな中から。

地球いま淑気に瀕し回りをり 四童
門松に似たる印度の笛うなる
出勤に先立つてゐる淑気かな
寒さゆゑ人の集まる初詣


 

 中原徳子さんの第一句集『不孤』を読む。中原さんは恒信風句会の我らが不孤さん。繊細な感性と図太い諧謔で海外を含む現実世界と舞台や絵画などの芸術世界を自在に駆け巡る。実にタフな精神である。

たましひの跳ねて球体水の秋     中原徳子
灼け砂に書いては消して値切りをり
月の暈死にゆく者の高いびき
黒白を曖昧にして酢牡蠣かな
春めくや歯科の寝椅子にからだの線
巴里と言ふRのかすれ黄落す
炎帝や孔雀の羽根の立ちくらみ
総ルビの背徳童話小鳥来る
どんぐりをあつめてよりの不等式
太箸やずつと不孝者でゐよう

 「太箸や」を挙句に持ってくる諧謔、なんとも言いようがないではないか。
 ちなみに不孤さんの好まれる傾向の舞台や絵画について、私はほとんど何も知らない。が、不孤さんの句を通じそれらは「総ルビの背徳童話」のように妖しげな魅力を放っている。その世界に踏み込んだらきっと孔雀の羽根の立ちくらみを起こすに違いないのだ。

 

 菊田一平さんの第二句集『百物語』(角川書店)を読む。第一句集『どっどどどう』から五年。一平さんとは「豆の木」でご一緒させて頂いているわけだが、末席の私が「十二音技法」がどうのこうのと言を弄している一方で、一平さんはもはや技術論などまったくどうでもいいステージに達しているように見受けられる。目に映るものがすべて俳句なのだから、一句一句を取沙汰するのもなにか筋が違うような気がする。
 そんな中から十句ご紹介する。ほんとうはその何倍も何倍も自然体の句が並んでいるのだ。手にとってご覧になってほしい。

冬満月枯野の色をして上がる    菊田一平
塩あまた噴いて大暑の乾電池
酒蔵に大きな時計蝶の昼
銀行の裏に集まる祭髪
もてあます水羊羹の缶の蓋
虱取るさても写楽の眼して
富士の絵の襖外して横抱へ
白煙の空に貼りつく昼花火
落鮎の息を激しく草の上
煉瓦より寒き首出し煉瓦積む

 よくもまあ、水羊羹の缶の蓋など句にするものである。

 

 辛島文雄のCDでサド・ジョーンズの「クワイエチュード」を久しぶりに耳にして何やらスイッチが入り、"THE COMPLETE SOLID STATE RECORDINGS OF THE THAD JONES/MEL LEWIS ORCHESTRA"をごそごそ出して聴く。
 サドのフリューゲルホーン、ローランド・ハナのブロックコードのソロ、ビッグバンドのくせに変な浮遊感のあるリチャード・デイヴィスのベース、炸裂するトゥッティ…。ちなみにこのラブリーな佳曲、最初はグレンミラー楽団のために書かれ、サドが吹いているパートはバディ・デフランコが吹いたとのことである。

 

その昔、パソコン通信という文化があり、アサヒパソコンネット(のちのASAHIネット)というネット(当時はプロバイダーなんて言葉もなかった)のジャズの会議室で不肖わたくしめがモデレーター(進行役)をやっていた時期があった。その頃オスカー・ピーターソンについて書いた文章をふたつばかり。私が俳句を始めたのはその会議室で出会った村井康司さんの影響で、ふたつの文章のあいだの時期のことなのであった。

●Date: 6 Apr 93 02:42:19 JST
 オスカー・ピーターソンの「エクスクルーシヴリー・フォー・マイ・フレンズ」が、CD4枚組として集大成され発売されました。これはドイツの大手電機会社社長の溢れる情熱の下に主催されたプライヴェート・パーティーでのオスカー・ピーターソン・トリオ/ソロの演奏を集めたもので、63年から68年という絶頂期の記録であり、従来LP6枚に分散されていたものです(「アクション」「ガール・トーク」「ザ・ウェイ・アイ・リアリー・プレイ」「マイ・フェイヴァリット・インストゥルメント」「メロー・ムード」「トラヴェリン・オン」うち4枚は初CD化)。
 この頃のオスカーは、従来の圧倒的なスピード、ドライヴ感、ブルース・フィーリングに加えて、さらにビル・エヴァンス的なハーモニーの妙味が取り込まれて、大きく演奏の幅が拡がって行った時期であり、少人数の聴衆を前にしたこの録音は、溢れ出てとどまるところを知らぬ音楽的なアイデアを漏れなくとらえております。
 この集大成こそは人類の到達点のひとつに数えるべきであり、はじめてジャズ・ピアノを聴こうという人にも無条件に推薦いたします。

●Date: 20 Nov 95 01:54:56 JST
 なんと『エクスクルーシヴリィ・フォー・マイ・フレンズ・ザ・ロスト・テイプス』なるアルバムがMPSから発売されました。
 オスカー・ピーターソンの『エクスクルーシヴリィ・フォー・マイ・フレンズ』とは、ドイツの会社社長のために個人的に少人数の聴衆の前で演奏された最高の録音による最高の演奏のアルバム群なのですが、それの未発表テイクが本アルバムです。
 録音時期は1965年から1968年にかけてで、最初の4曲がレイ・ブラウンとエド・シグペンとのトリオ、残り8曲がサム・ジョーンズとボビー・ダーハムとのトリオです。演奏内容は、お蔵入りしていただけあって荒っぽい面もあるといえばあるのですが、逆にそのワイルドさが僕などには最高のスウィングとして感じられます。また「テンダリー」や「ステラ」では、極上にして強引な、聴覚のよじれるリハーモナイゼイションを堪能できます。
 いわゆる名盤本でいまだに『プリーズ・リクエスト』や『シェイクスピア・ホール』が選ばれているのを見るにつけ本当にがっかりします。この時期のピーターソンというのは、真に怪物だというのに。
 20世紀最大のピアニストのぎんぎらぎんの名人芸に触れてみたい人にお薦めします。




 

その図書館で辛島文雄のCDとともにもう一枚借りたのは、モダン・ジャズ・カルテットの初期のアルバム『コンコルド』(1955年録音)。岩浪洋三による解説によれば、MJQによる最初の30cmLPで、コニー・ケイの参加もこのアルバムからということである。

「ラルフズ・ニュー・ブルース」…ミディアム・バウンスの素晴らしいブルース演奏である。が、テーマのあいだずっと三連符をブラシでキープするアレンジの尋常でなさはどうだ。コニー・ケイなら堪えられるが、ケニー・クラークにはきっと許せなかったのだろう。ミルト・ジャクソンによる饒舌なソロのバックの執拗に聴こえてくるジョン・ルイスのバッキングはMJQならではの至高のサウンドである。また、ソロが変わるたびに転調して変化をつけているようだ。
「オール・オブ・ユー」…ミルト・ジャクソンをフィーチャーしたバラッド演奏である。テーマ部分でベースを固定したリズム・パターンにより、ちょっとした味付けをほどこしてある。
「四月の想い出」…一転して火を噴くような急テンポである。LPの時代になって、曲の配列もいろいろ配慮できるようになったのだろう。
「ガーシュイン・メドレー」…バラッド・メドレーである。8分弱のあいだに4曲を並べているので、どの曲もテーマ演奏ないしそのオブリガードがいつしか饒舌なソロに達している趣向である。ベースをフィーチャーした「スーン」、ジョン・ルイスのブロック・コードが典雅な「フォー・ミー、フォー・ユー、フォーエヴァーモア」、ミルトのテーマ演奏とジョンのオブリガードが親密にからみあって気がつけばミルトの感動的なソロにそのまま流れ込む「ラヴ・ウォークト・イン」、そして「アワ・ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」と続く。
「朝日のようにさわやかに」…バッハの「音楽の捧げもの」から引用したイントロは、19年後の『ラスト・コンサート』でもそのまま演奏された。ジョンのバッハ趣味とミルトのブルース・フィーリングが融合し緻密に展開する。数多くのレパートリーからもっともMJQらしい一曲を挙げよと言われたら、躊躇せずこの曲を挙げる人は多いだろう。
「コンコルド」…バッハ趣味の対位法のようでもあり、ニューオリンズジャズのコレクティヴ・インプロヴィゼーションのようでもあり、書かれた部分と即興の部分が絶妙に交錯する、これもまたいかにもMJQらしいナンバーである。ベースのパーシー・ヒースもソロを含め大活躍である。

 それにしても、どこまでもブルージーなミルト・ジャクソンのヴィブラフォンと寡黙で端正なジョン・ルイスのピアノとベース、ドラムスによるカルテットで、書かれた部分と即興部分が交錯するという、MJQの類まれなバンドのコンセプトは、モダン・ジャズの歴史におけるもっとも渋い奇跡の感がある。



 

オスカー・ピーターソンが亡くなった。
大好きなピアニストだった。生演奏に接したのは、まだ昭和の頃だったのだろうか、ジョー・パスやニールス・ペデルセン(いずれも故人)を含むカルテットによる中野サンプラザでの公演一回きりであったが、CDはずいぶん聴いたものだ。
誰かミュージシャンが亡くなるたびに天国のセッションという話になる。今回はとびきり豪華だ。待ちかねていたようにサッチモやエラやディジーからつぎつぎ声がかかり、歓迎のセッションは豪快にスウィングしてもう決して終わることがない。
ここまで書いていたら、ほんとうに涙が出てきた。
ありがとう、オスカー!