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昨日、NHKのクローズアップ現代で『越境汚染』というタイトルで中国の大気汚染についての番組をやっていました。
それを見ていて思い出したのがこの本です。
レイチェル・カーソン著
『沈黙の春』
冬の眠りから覚めて野も山もざわめきだす季節。
本来賑やかであるはずの春が沈黙するとは、どういうことなのでしょうか?
生き物の死に絶えた大地。
カーソン女史はそんな世界を憂えて、この本を書きました。
1962年のことです。
20世紀、
人類の文明は過去に例のない発展を遂げました。
同時に、人間にとって邪魔な生き物。農作物及び人体に害を及ぼす虫たちを一掃しようと様々な薬品を開発しました。害虫のいなくなった畑で、作物は順調に育ちましたが、本来存在が自然によって認められていたものたちの消滅は、別の被害を生み出していきました。
その被害を食い止めるために、また別の方法を導入する。そしてまたどこかでゆがみが生じる。
自然とは循環するもの。
どこかを断ち切ればゆがみが生じるのは当然のことかもしれません。
化学薬品が人体に直接的に作用する場合もあります。
日本においても、いくつかの公害病の発生によってそのことは証明されています。
また、土壌に染み込んだ農薬が地下水に混じり、安全なはずの飲料水が汚染される場合もあります。
川の水に含まれた汚染物質を魚が食べる。その魚を口にした人間になんの影響もないということはありえません。
カーソン女史は、多くの実証データからそれらを読み解き、人類に警鐘を鳴らしたのでした。
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環境破壊はいつから始まったのか?
なんの本で読んだかは忘れましたが、人間が定住生活を始めたそのときから、自然破壊は始まったのだということが書いてありました。
畑を耕す、家畜を飼う。それらの行為はすでに自然ではありません。
それでも鋭い爪も牙も持たないか弱い人間が生きていくためには、必要だったのでしょう。
人類の祖先は、生きるために、子供を育てるために全力を尽くしました。
そして今があります。
人工物と自然が共存できていた時代もあったのだと思います。
生産性を追及するあまり、行き過ぎた結果になってしまったということでしょうか?
あまりにも増えすぎた人口を養うためには、たくさんの食料も必要でしょう。
けれど、その結果が環境汚染による沈黙の春だとしたら・・・・・・
生活のために働く。
生きるために全力を尽くす。
かつて生産性をあげることが幸福になるための手段であったのなら、これからのわたしたちは春を沈黙させないために努力することが幸福になるための手段となるのでしょう。
本当のことを言って、わたしには環境問題は難しすぎてよくわかりません。
何が本当で何が本当ではないのか。
そんな単純なことすらわかっていません。
ここ数年、地球温暖化についてのニュースもよく聞きます。
海面の上昇によって国土が沈没の危機にさらされている国もあるとか・・・
温暖化による極地の氷が解けたのが原因と言われているようですが、本当でしょうか?
オゾン層の破壊による紫外線の被害。
大気汚染による森林の枯死。
各国政府によって、様々な対策は行われているようですが、本当に効果はあるのでしょうか?
いずれにしてもたったひとつだけ、わたしにもわかっていることがあります。
環境破壊が今後も続けられ、必要な対策が講じられなかったとき、あるいは間に合わなかったとき、
沈黙する春の中には、虫の声はもちろん子供たちの笑い声も無いのだということ。
人類もまた、沈黙することになるのでしょう。
■レイチェル・カーソン
1907年、アメリカ合衆国ペンシルヴァニア州生まれ。
ジョンズ・ホプキンス大学大学院、動物学専攻。25歳で学位を得て、アメリカ合衆国漁業局に勤務。45歳で退官、文筆業に専念、。1964年死去。
- レイチェル カーソン, Rachel Carson, 青樹 簗一
- 沈黙の春