新年、明けましておめでとうございます![]()
旧年中は大変お世話になりました。
つたない文章を読んでくれる誰かがいる。
それがうれしくて、ほそぼそとブログを続けてくることができました。
ありがとうございます。
本年もよろしくお願いいたします![]()
さて、ぱんだの新年はここ数年来、般若心経の朗読(?)から始まります。
斜向かいがお寺で、そこのお坊さんが年明けの会を始めたのですね。
除夜の鐘を突いてからいったん家に戻り、年明け(20分後くらい)に今度は初詣に行くわけです。
そこで堂内に上がってありがたいお説教を聞き、般若心経の詠唱ということになるわけです。
和尚さんの努力の甲斐あってか、ここ数年参加者の人数が増えました。
毎年わけもわからず、もらったプリントを見ながら口をぱくぱくさせていたのですが、
昨年この本を見つけて読んでみました。
『般若心経入門 生きる智慧を学ぶ』
ひろ さちや 著
現代語訳もついています。
全然知らなかったのですが、般若心経はお釈迦様が弟子の舎利子に仏教の真髄を語ったお経だったのですね。
ほとけの智慧の完成の真言。
ひろさちやさんの訳はこうです。
「わかった、わかった、ほとけのこころ。
すっかりわかった、ほとけのこころ。
ほとけさま、ありがとう」
この本を通して読めば、そのことばに行き着く過程がつぶさに説明されています。
ほとけの智慧の完成。
その心にはこだわりがない。
こだわりがないから恐怖もない。
事物を逆さにとらえることもなく、妄想に悩まされることもなく、心は徹底して平安である。
人間のものさしではなくほとけのものさしで物を見ること。
そうすれば、すべては正しく、恐ろしいこともなく、悲しいこともない。
そういったことが書かれているわけですね。
例えば有名な『うさぎと亀』の競争のはなし。
日本には亀びいきの人が多い。
というより、亀のたゆみない努力を子供たちに語るための物語です。
ところがそうは思わない国の人もいる。
「うさぎが怠けて昼寝をしているのか、具合が悪くて倒れているのかは声をかけてあげなければわからない。寝ているうさぎを怠けていると決め付けて、声もかけずに通り過ぎた亀は悪いやつだ」
というのです。
競争という次元を超え、勝負に勝ちたいというこだわりを捨てて、ほとけのものさしで状況を見れば・・・
亀はうさぎを気遣うべきだったのでしょう。
その結果勝負には負けるかもしれません。
しかしそもそも、その競争自体が必要なものだったのでしょうか?
そして勝負に勝つことが善であると言い切れるでしょうか?
日本には勝負に勝つことが善であるという前提があるからこそ『うさぎと亀』の物語は成り立ちます。
でも競争が必ずしも幸福に結びつかないことは、だれでも感じていますね?
ほとけさまのこころがわかれば、ほとけさまのものさしを持てば、人は幸せになれます。
そして、
「ほとけさま、ありがとう」
という感謝の気持ちがわいてくるわけです。
そうなるための智慧が書かれたお経。
それが「般若心経」なのです。
と、ぱんだには読めたのですが・・・・・・
どうなのでしょうか?
いろいろなたとえ話を交えて語られているので、読みやすい本でした。
- ひろ さちや
- 般若心経入門―生きる智慧を学ぶ (日経ビジネス人文庫)