「・・・そうだ。おれは神聖な火炎を大事にして、守ろうとしている。大事にするから弱くなってしまうのだ。己自身と闘え。自分自身を突きとばせばいいのだ。
炎はその瞬間に燃えあがり、あとは無。──爆発するんだ。
自分を認めさせようとか、この社会のなかで自分がどういう役割を果たせるんだろうとか、いろいろ状況を考えたり、成果を計算したり、そういうことで自分を貫こうとしても、無意味な袋小路に入ってしまう。
いま、この瞬間。まったく無目的で、無償で、生命力と情熱のありったけ、全存在で爆発する。それがすべてだ。
そうふっきれたとき、ぼくは意外にも自由になり、自分自身に手ごたえを覚えた。
勿論、生活の上で、芸術活動の上で、さまざまな難問や危機は次々と押しよせてくる。しかし恐れることはない。」
(岡本太郎 著 『自分の中に毒を持て』より引用)
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「芸術は爆発だ!」
といえば岡本太郎さんですね![]()
このあいだ表参道にある岡本太郎美術館に行ってきました。
根津美術館の近くにあって、落ち着いた雰囲気のアトリエです。
この本は友達に勧められて、そこで購入しました。
『自分の中に毒を持て』
岡本太郎 著
断言してしまいますが、やはり岡本太郎は普通の人ではありません![]()
ご本人は、みんなできるのにやろうとしないだけだ。
というようなことを書いておられますが、それだけではないでしょう。
太郎さんと常人との違い。
それはたぶん、その精神力の違いです。
強くあろうとする心。
誰でも強くありたいと望んではいても、たいていは流されます。
出る釘になれ。
と言われても、打たれればひるむのが普通の人間です。
1度や2度、10回や20回なら、それでも闘おうと立ち上がるかもしれません。
けれどそれが、100回、200回、1000回になったら・・・
長いものに巻かれてしまおう。
そう思ってしまっても仕方のないことです。
彼は闘い続けました。
一生涯、命がけで。
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純粋に生きること。
出る釘となって世間から叩かれようとも、純粋に己の人生を貫くこと。
それが岡本太郎の目指したものでした。
「ほんとうに生きようとする人間にとって、人生はまことに苦悩に満ちている。
矛盾に体当たりし、瞬間瞬間に傷つき、総身に血をふき出しながら、雄々しく生きる。生命のチャンピオン、そしてイケニエ。それが真の芸術家だ。」(『自分の中に毒を持て』より引用)
世の中が矛盾に満ちていることはたいていの人は知っています。
けれど、その矛盾に反旗を翻す人はあまりいません。ましてや、たった一人で戦いを挑む人間は・・・
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生きるということ。
それは本来、無目的で非合理なことであると、岡本太郎は言います。
「・・・生命力というものは盲目的な爆発であり、人間存在のほとんどといってよい巨大な部分は非合理である。われわれはこの世に何故生まれて来て、生きつづけるのか、それ自体を知らない。存在全体、肉体も精神も強烈な混沌である。そしてわれわれの世界、環境もまた無限の迷路だ。
だからこそ生きがいがあり、情熱がわく。人類はその、ほとんど盲目的な情感に賭けて、ここまで生きぬいてきたのだとぼくは思う。・・・(以下略)」(『自分の中に毒を持て』より引用)
岡本太郎のいう爆発。
それは世間一般に言われているイメージとは少し違います。
音もしない。物も飛び散らない。
ただ、全身全霊が宇宙に向かって無条件にパーッとひらくこと。
人間は本来瞬間瞬間に、無償、無目的に爆発しつづけるべきである。
死ぬもよし、生きるもよし。ただし、その瞬間にベストを尽くせ。己自身を、現在に強烈にひらけ。
無目的にふくらみ、輝いて、最後に爆発する。
(太字は全て『自分の中に毒を持て』より引用)
それがいのちの本当のあり方なのだと、岡本太郎は言うのでした。
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