小説「海へ」1-4-H
前回までのあらすじ:
電車の中で「たいむぶれっど」という漫画に出会った主人公は、偶々で電車内にいた作者の少女の才能に惹かれる。
少女は出版社に原稿を届けに行こうとして、主人公と少女はしばらく議論をするが、互いに疲れて、主人公は漫画の残りを読み始め、少女は独白を始める。
少女は、自分が少女漫画家になるべきだと気づいたこと、漫画家志望の少女は多いのに、出版社の数が限られていることなどを言う
さらに、少女は「出版社浮遊移動システム」という奇妙な原理を説明し、自分の作品がそのシステムに拾われた運のいい原稿だと言い、なおも独白は続く。
第一部
第4章「電話機たちの沈黙、そして喪失」(8)
……
ところで、次の原稿を雑誌に載せるとしたら、多大な苦労がともなうことになるわ。
なぜなら、その出版社が次にはどこの地点にあるか、常に経常観測していなければならないから。
わたしが徹夜をして、今とても眠いということは、実は原稿書きのためというよりも、その観測のためなのよ。
そして、わたしは、この地点にあるものと見定めて、この電車に乗ってきたというわけ。
ところが、ここにはあなたがいたわ。
そして、残念ながらあなたは出版社ではないわ。
だから、わたしは、首都に行かなければならないわけ。
なぜって、応募原稿の海が仮想上のものである以上、浮遊移動出版社も仮想のものであるはずで、仮想のものはたいてい首都にあるからよ。
首都というのは、これもまた仮想のものにほかならないのだわ。あなたも、そう思わない……」
* * *
(続く)
わたしが徹夜をして、今とても眠いということは、実は原稿書きのためというよりも、その観測のためなのよ。
(イラストはCiCiAI生成によります)