小説「海へ」1-4-G
前回までのあらすじ:
電車の中で「たいむぶれっど」という漫画に出会った主人公は、偶々乗り合わせた作者の少女の才能に惹かれる。
ところが、少女は出版社に原稿を届けに行くことを決意しており、主人公は引き止めようとするものの、珍妙な議論になってしまう。
主人公は疲れて、原稿の残りを読み始め、一方、少女は独白をし始める。
それは、自分が少女漫画家になるべきだと気づいたこと、漫画家志望の少女は多いのに、出版社の数が限られていることなどであった。
また、「出版社浮遊移動システム」という奇妙な原理を説明して、少女の独白はなお続く。
第一部
第4章「電話機たちの沈黙、そして喪失」(7)
……
出版社というものは、あるビルの一角にオフィスを構えているというような固定的なものでは、決してないわ。
それは、仮想上の原稿の海の上を浮遊して動くものなのよ。
そのことは、あなたは知らなかったでしょう。
わたしも、例の『たいむぶれっど』前半が採用されるまで、そんなことはつゆとも知らなかったわけ。
そして、そのわたしの原稿がわたしの全く知らないところで雑誌に掲載されて、初めてそれがわかったわけよ。
このことは、船の運動に似ているわ。
つまり、船が推進するためにはそれを動かすだけの水の量が必要なわけだけれども、でもそのためには、決してくみ上げられることのないもっと多量で計り知れないほどの水の量が存在していなければならないということ。
その中で、わたしの原稿はたまたま汲み上げられた運のいい原稿だったということね。
……
(続く)
わたしの原稿はたまたま汲み上げられた運のいい原稿だったということね
(イラストはBingAI生成によります)