― 眠れる走り屋 ―
バイク購入を具体的に考え始めた頃、
私は法事のため東京へ行った。
久しぶりに妹と甥、弟夫婦と集まり、
近況報告などをしている流れで、何気なく口にする。
「もしかしたら、ミニバイク始めるかも」
すると、思いがけないところから声が飛んできた。
「ミニバイク始めるなら、バイクあるよ!」
そう言ったのは、妹のところの甥だった。
……ある?
今、あると言ったか?
話を聞いて思い出す。
そういえば妹の旦那さんは、昔、走り屋系のバイク乗りだった。
そのバイクというのが、
数年前に手に入れた NSR50。
しかもボアアップして 70cc にしてあるらしい。
「結局、ほとんど乗らずに置いてある」
条件が揃いすぎている。
血縁。
素性がわかる個体。
しかも、あのNSR。
法事にはその義弟(私より年上)は仕事で来られていなかったが、
電話してみると、こう言われた。
「今は家に戻ってる。よかったら、見に来る?」
もちろん、即答で行く。
場所は旧築地市場の近く。
隅田川を見下ろす高級マンション。
地下駐車場には、高そうな車がずらりと並んでいる。
その一角、
バイクと自転車の駐輪スペースに──
それはあった。
こ、これは……走り屋だ。
走り屋意外のなにものでもなく走り屋だ。
高級車だらけの空間の中で、
あまりにも場違いな存在感を放っている。
エンジンをかけてみる。
キックスタート。
一発でかかる。
軽く吹け上がり、
甲高い2ストの音が地下駐車場に響き渡る。
白煙が立ちのぼり、
バイクの後ろのコンクリート床には
細かいオイルのシミが点々と残る。
──どこまでも場違いである。違和感しかない。
だが、調子はすこぶる良い。
なぜ乗らないのか聞いてみた。
妹夫婦のところには息子が二人いる。
義弟の影響で、二人とも立派なバイク・車好きに育った。
「一緒にミニバイクやろうと思って」
昔のつてから、このNSRを手に入れ、
息子たちを連れて、いざ初サーキット。
まずは見とけと、
父、颯爽と走り出す。
──速攻で転倒。
しかも、バイクの下に挟まって
足を骨折。即入院。
怒ったヨメ(私の妹)は、
ついに一度も見舞いに行かなかったそうだ。
その悲惨な状況(色々な意味で)を目の当たりにした息子たちが、
ミニバイクでサーキットを走るなど
考えるはずもない。
こうしてこのNSRは、
行き場を失った‥。
……あまりにも、逸話が強すぎる。
格安でバイクを手に入れるチャンスではあった。
正直、少し迷った。
だが、このバイクを選ぶということは、
すべてのメンテナンスを自分で背負うということでもある。
せっかくの提案ではあったが、
後日、丁重にお断りした。
あの走り屋NSRは、
今もきっと、
あの場違いな高級マンションの地下で
静かに眠っているのだろう。
