細野晴臣は大好きなミュージシャンの一人だ。私が一番好きなアルバムはトロピカル三部作の『トロピカル・ダンディー』、『泰安洋行』、『はらいそ』と美術家の横尾忠則との共作名義の『Cochin Mon (コチンの月)』だ。とは言っても、細野晴臣の、或いは細野晴臣が参加したアルバムを全て聴いてきた訳ではない。先日、キッカケが何だったか忘れてしまったが、細野晴臣がMonad Recordsからリリースした環境音楽ならぬ"観光音楽"四部作の『Coincidental Music』、『Marculic Dance』、『Paradise View』、『Endless Talking』と、Epicからリリースした『Omni Sight Seeing』を聴いてみた。

 

【1985年8月】Coincidental Music

 

【1985年9月】Marculic Dance

 

【1985年9月】Paradise View

 

【1985年10月】Endless Talking

 

【1989年】Omni Sight Seeing

 

この五枚のアルバムの中で昔々に聴いた事が有るのは『Marcuric Dance』だけなのだが、当時は良さがわからなかった。昔々の私は海外に出る事に憧れが有った若造だったので、エキゾチックなトロピカル三部作や『Cochin Moon』の方が好きだったのだ。

 

そのような若造だった私は今や海外は中国上海に住み、中国人の妻と結婚して子供を設けて暮らしている。若造だった頃は"中国の次はインドに行きたいな"なんて考えていたのだが、今や根っこが生えてしまって、日本以外の海外どころか休日の行動範囲は近所のスーパーや子供達の塾くらいになってしまった。食事は自分で作らない限りは当たり前だが毎日中華、つまりそれが日常。中国語も話せるようになったが、今の私の生活は全くエキゾチックではない。海外への憧れを持っている人は日本に住んでいた方が良い。海外は遠きにありて思うものだと思うのだ。

 

若造だった頃から今に至るまで、今の私はあまりエキゾチック/トロピカルな音楽は聴かない。どちらかと言うと、普段はアンビエントミュージックやジャズを聴く事が多い。家で音楽を流しても家族に文句を言われないからだ。ラウドな音楽やアヴァンギャルドな音楽も聴くが、家で聴くと妻にうるさいと言われるし、イヤフォンで聴こうとすると妻や子供達が話し掛けて来るので、家ではあまり聴けない。イヤフォンで聴くのは一人で移動している時くらいだ。

 

さて、話を元に戻すと観光四部作は一応細野晴臣のアンビエント期のアルバムのようなので、今の私にしっくり来るかな?と思って聴いてみたら、アンビエントではあると思うが、アンビエントテクノかな?と思った。ビートが無い曲でもそう思ったりする。"家で静かに聴こう"というようなアルバムではなく、夜の移動中に、車ではなく地下鉄や街の中のような人混みの中で聴いた方が、返って静かに考え事に集中できるような感じがした。

 

この観光四部作には細野晴臣の歌は無い。『Coincidental Music』で少しヴォイスを聴けるだけだ。私は細野晴臣の声が好きなので、その点だけ少し物足りない感じがしたのだが、その後に『Omni Sight Seeing』を聴いて、"オォッ!"と思った。細野晴臣の歌が有ったからではない。観光四部作を聴いた後に『Omni Sight Seeing』を聴いたら、何だか目の前が拓ける感じがしたのだ。観光四部作が陰で『Omni Sight Seeing』が陽という感じもするし、『Omni Sight Seeing』は観光四部作をポップに昇華したアルバムという感じもする。『Omni Sight Seeing』は細野晴臣によると"全方位観光"だそうだ。

 

細野晴臣の音楽のもう一つの魅力は音楽に感じる"ミゾオチワクワク"感だと思う。細野晴臣が『トロピカル・ダンディー』から『泰安洋行』に移行した頃のような、Yellow Magic Orchestraを始めた頃のようなミゾオチワクワク感を『Omni Sight Seeing』に感じたのは私だけだろうか?観光四部作は細野晴臣が『Omni Sight Seeing』で再び飛ぶための助走だったのではないか?と思ったりする。まぁ、ファンの妄想だね。

 

来月は一年振りに日本に一時帰国するが、今年は実家に帰る前に少し旅行をする。観光四部作と『Omni Sight Seeing』はそのお供の音楽にしようかな?なんて考えている。

 

ところで、細野晴臣は観光四部作の時期に角川書店から中沢新一との共著で『観光』という本を出している。

 

【1985年6月】観光

 

内容は日本の霊地巡礼なのだが、昔読んだ時の朧げな記憶では、確か細野晴臣は日本地図の各霊地を線で結んでいたと思った。そういう霊的な話は、これまた観光四部作と同時期に徳間書店から刊行された『地平線の階段』に書かれている横尾忠則との出会いの話にも有るので、細野晴臣とはそういう人なのだろう。ミュージシャンで評論家のDavid Toopの『フラッター・エコー 音の中に生きる』の後書きでDavid Toopと細野晴臣が対談しているが、細野晴臣はよく悩む人のようなので、グル(導師)に縋りたい人なのかもしれない。もう自分がグルになっていると思うが。

 

【1985年5月】地平線の階段

 

この『地平線の階段』で私が好きな話は、横尾忠則とのインド旅行の話だ。『地平線の階段』は細野晴臣の視点で書かれたものだが、横尾忠則の視点で書かれた本は1977年に文藝春秋から刊行された『インドへ』が有る。

 

【1977年】インドへ

 

また、このインド旅行から生まれたアルバムが『Cochin Moon』だ。

 

【1978年】Cochin Moon (コチンの月)

 

私は元々横尾忠則が好きだったので、先に『インドへ』を読んでいて、その後、『Cochin Moon』を聴いて、『地平線の階段』を読んだ。この三つはセットで、音楽を聴きながら本を読むと、細野晴臣と横尾忠則のインド旅行の情景を頭に浮かばせ易くなるだろう。

 

『観光』を読みながら、観光四部作や『Omni Sight Seeing』を聴けば、より細野晴臣の観光感を理解できるだろう。今年も猛暑、クーラーが効いた部屋で空想旅行のお供にしても良いかもね。