危篤かう。ゃ~
/ もっこり小金治。
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TL で知ったアカウントの人。
mokkkori
http://twitter.com/mokkkori
去年の11月から開始され、つい先日更新されなくなりました。
4/9日に亡くなられたそうです。末期ガンだったそうで、死に向かう様子をつぶやく……という悲壮感も無く、普通の人の普通の生活に読めます。
全く見たことも聞いたことも無い人なので、何歳の方かもわからないですし、本当に亡くなられたかどうかすら保証出来ません。そもそも本当に実在する方なのかどうかも判りません。
向こう側にはリアルな人間が居ますが、僕らは切り離された情報だけを見ています。生と情報が切り離された状態で死を感じる事は難しい。彼のアカウントは特にシステムに問題が無ければ当分「生き続ける」わけで。
死というのはネット上では「消える」のではなく「止まる」という事です。ただ、死の直前の時間だけがそこに残されます。100年もしたら今地球上に居る人達はみんな死にます。ネット上の僕らはそこで止まったまま残ります。
肉体と情報が切り離された世界での死生観は、今までのそれとはどこか形が違う気がします。冒頭のアカウントの方は全く知りませんので、深い追悼を述べる事は難しいです。なんとなく上滑りしそうな感じがしてしまって。
今日、彼(?)をフォローしてみました。
Twitter はそういう距離感のシステムですから。
献花の替わりに、すこしだけ故人と繋がってみる。そういうやり方もあるのかもしれない。フォロー返しされる事のないアカウントを見ながら、そう思いました。