もっともよい組み合わせは力と慈悲。
もっとも悪い組み合わせは弱さと争い。
/ ウィンストン・チャーチル
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今日の日記はどうしようもない。
暗くて暴力的なので、注意。
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行方不明になっていた猫が頭に矢が刺さった状態で発見される
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20090904_cat_arrow_pierces_head/
うん。まあ、落ち着いてくれ。
僕も全く同じキモチだ。
ボウガンで猫を撃つ人間は、同じ事を猫にやられてみるべきだ。
そんな痛みもわかんないような奴は、もう人間じゃない。
チンコを八つに裂いてタコウインナーみたいに焼かれて死ね。
本当に、そう思う。
で、今日の話は、その先の話。
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動物虐待の人間が言いそうな詭弁(もういいよ詭弁で。めんどくさい)。
貴方は虫を殺すか? YES。
貴方はネズミを殺すか? YES。
貴方は誰かが殺した牛を食うか? YES。
貴方は誰かが殺した鯨を食うか? YES。
なのに、
貴方は猫を殺すか? NO。
確かに。
そこに自分が納得出来る合理的な正義は存在しない。
虫と猫の違いは、見た目と挙動の違いだけだ。
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人間の社会だってそうだ。
この間まで良き隣人だったのに、政治家達の思惑から民族間で殺し合いになった国がある。
日本人だって、北朝鮮が核爆弾を撃ってきたら、北朝鮮出身の人達なんてタダじゃ済まないだろう。
兵士なら殺してよくて、民間人ならNG?
自分の親や息子が兵隊なら?
自分の恋人が敵国だったら?
モノサシが変わったある日、そもそもの人間性を超えた薄暗い何かがそこに横たわる。
人間は矛盾した存在だ。
とにかく理由を付けて、自分の好みで何かを差別したがる。
僕等は間違っている。
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猫を撃つ阿呆と、虫を殺す僕は同じだ。
そんな事は判っている。
僕は猫をボウガンで撃つようなクズを許す事が出来ない。
クズが猫を撃ちたくなるように、僕はクズを殺したくなる。
何も違わない。
それを知っている。
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だけれど、僕はどうしても猫を撃つような人間を許す事が出来ない。
もう、間違っていていい。「鯨を食う癖に、猫を守る」事への矛盾も飲み込むよ。単に可愛いくて小さいから好きだっていう差別感情から来てる事も認める。
そういう誤ちを背負って、それでもなお猫を撃つようなクソ野郎は死んで欲しいと、今ココに願うよ。
間違っているかどうかなんて知るか。
ボウガンで猫を撃つような鬱屈した人間が、正しさを他人に期待するな。