生きることの意味と価値について
問いかけるようになると、我々は狂ってしまう。
なにしろ意味も価値も客観的に実在するものではないのだから。
/ ジークムント・フロイト
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金土日と会社の人とスノボ行ってました。数年ぶり。
会社の若い人達にスノボ未経験者が多かったです。
もしかしたらスノーボードっていうのはもう30代のスポーツなのかもしれないですな。
流行ってないと言われる割にはゲレンデはそこそこ混んでましたけど。
僕は皆様のイメージに反し、スキーもスノボも一応なんとか滑れます。
が、全部「ドリフトカーブ」とやらになってしまって美しいフォームとか華麗な技とかは一切無縁。いいじゃん足なんか揃って無くても、どうせプロになるわけでもナシ。とか思ってしまうわけで。
でもスノボやスキーを心から好きで、シーズン中に何度も行くような人達の脳の中は違うんでしょうな。僕が縦シューを好きなように、「未来がどう」だとか「何かになりたい」とかではなくて「ただただやりたい」というプリミティブな欲求がある気がします。
脳汁が出ちゃうよ~的な快楽。フロイトにとってのテニス。
今回初めてだった人達の中にも、そういうタイプの人が何人か居るんだろうなあ。
とか思った次第。
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スキー・スノーボードゲームってよくあります。
大昔にスキーゲームに携わった事があり、そのころ思っていた事。
「スキー・スノボゲームってなんか重要な点を捉えていない気がする」
では、重要な点はと何か?スキーとかの何が楽しいか?をちょっと考えてみました。
・技術
・初回ではままならないもどかしさ
・ちょっとづつ成功する喜び
・速度や角度を克服していく楽しさ
・技を決められるようになる楽しさ
・ファッション
・ウェアや板の選択
・スポーツ自体が持つ格好良さ
・ゲレンデ
・素晴らしい景色や、過酷な吹雪
・リフトやゲレンデルートを選ぶ行為
・山を下りる自由度の高さ。
・非日常感
・レストハウスで愚痴りながら食べる不味い飯
・みんなでザコ寝する「仲間感」
・スキー場の女子が妙に可愛く見える件
このあたりじゃないですかね?
でも、ほとんどのスキー・スノボゲームは「レース」「トリックを決める」ところにしかフォーカスしていない。1080 決められるってどんだけ上手いんだよ的な。
競争とテクニックだけでは「体感」「体験」の部分がごっそり抜けてしまう!
リフトやゲレンデ美人が抜けている!
という話を若い頃にしたら、鼻で笑われましたが。
でもまあ、スキー・スノボっていうのはアクションではなくて、RPGやGTAのようなジャンルの方が向いているのかもしれない、とか今回思いました。
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というわけですが、最近のスキーゲームはどうなんでしょうかね。
ファミリースキー
http://familyski.namco-ch.net/
おまけ
スノーボー・スケボーゲーム
http://sportgame.sakura.ne.jp/boardgamepage.html