「落ち葉拾い」の話を聞いたことがありますか?
昔、私は何人もの部下を抱かえていて、悩んでいたときに聞いた話。

大勢で一斉に「落ち葉拾い」をすると同じ時間でも、ある人は籠に一杯の落ち葉を拾う。
しかし、ある人は籠に半分しか落ち葉を拾うことはできない。
籠一杯の人も、半分の人も、その人なりの一生懸命、必死で拾った結果だとしても違う。

半分しか拾えなかった人には、様々な他人には分からない理由がある。

しかし、「何があっても全員が籠を一杯にすることが、仕事で結果を出すこと」と信じていた私は、半分しか落ち葉を拾えない人に対して、苛立ちを感じていたし、言い訳が許せなかった。
すべて「やる気」の問題と片づけていた。

「平等と公平は違う」とも言われた。
数字を叩き出すことを使命としている環境では、この話はボンヤリとしかわからなかった。
今は、一生懸命なのに半分しか拾えない人の気持ちもよく分かる。

体調が悪かったり、苦手なことをしていると、思うように結果を出せない自分が歯がゆい。
半分しか拾えなかった落ち葉を差し出す、本人が一番辛い。