日々継続して夏の面談を行っています。親御さんがいらっしゃることも多い面談です。
そこで今回は『生徒のみならず、親御さんからの信頼を獲得し、それに応える必要性』について書いていこうと思います。
●自分の親の生い立ちにも影響している僕の意識●
面談を継続いていく中で、親御さんと実際に接することが増えていきます。
また、ガイダンスなどで親御さん対象に話すこともあります。
自分で言うのもなんですが、僕はそういった親御さんから短時間で信頼を得ることが得意な講師だと思っています。
普段は「非常勤講師」として働いているので、スーツを着ることはありませんが、たまに着るスーツが似合う人間のようです(笑)
普段からダラダラせず、丁寧かつ誠実に接することを心がけているので、それも信頼獲得への基本姿勢につながっているのかもしれません。
ただこのようになったのも様々な経緯があります。
僕は大学1回生の頃から塾講師として働き始めました。
同じ年代の人と比べれば、将来も塾講師として働いていこうとしていただけあって、真摯に取り組んでいたと思います。
ただそれでも若いに違いはないわけです。
どんな講師でも答えようのない質問をされるときもあると思います。
そんなとき自分の中では自信も持って返答したつもりでも、相手の親御さんからすれば「どこか頼りないなぁ」という印象を持つ可能性も非常に高いわけです。
でもこんな事態は嬉しくないですよね。やはり悔しい思いも多々しました。
それでもめげている場合ではありませんから、親御さんに子供(=僕から見れば生徒)のことを聞かれれば、正確に自信を持って返答できるようにしていきました。
これが今の、親から信頼を得やすい僕へとつながっているのだと思います。
このように、親御さんに対する意識が強いのは、僕の生い立ちにも関係があると思います。
僕の出身校だけを他の人が見ると、『灘高→京大』という流れもあって、「親はずいぶん教育熱心な人なんだろうな」と思われると思います。
確かに全く教育に無関心な親ではありません。
僕が勉強に興味を持ったときに勉強できるような環境は準備してくれていたと思います。
ただ親自身は両親とも大学には行っていません。いわゆる難関高と呼ばれるような高校に行っていたわけでもありません。
父親は高校卒業後すぐに自営の道に入った人間ですし、母親は基本主婦をしている人間です。
父親も自営ですから、うまくいくときもあれば、うまくいかず苦労したときもありました。
そんな経緯があり、稼いでいるときもそうでないときも、『お金に対する意識』というのは強く持っていたと思います。
それもあり、僕には少しでも良い教育を受け、可能性の広い選択ができるようになってほしかったようです。
こんな中、小さい頃に勉強に少し興味を持つようになりました。
それもあって本格的に塾に通うということもしていきました。
ただそのときも父親の『お金に対する意識』というのは強くありましたから、『塾に高いお金を払う以上、それに見合ったサービス提供を受ける必要がある』という意識であったように思います。
なので、塾からの面談があった場合は絶対に行き、もらうべきアドバイスはもらっていました。
逆に適当なアドバイスしかくれない、適当に面談をしているとしか思えない講師に対してはかなりの嫌悪感を抱いていました。
それは今でも「思い出」としてですが、「あのときのあの先生は酷かったよなぁ」と振り返ることがあるくらいです。
こんな自分の親の姿を見ていると、今僕が講師として適当に面談をする意味がわからないと思うわけです。
正直、生徒の様子はわかっても、その親御さんの生い立ちまで知ることはできません。
中にはお金に対しての意識がそれほどない人もいるかもしれませんし、僕の親以上に意識している人もいるかもしれません。
子供の教育に関しても僕の親以上に熱を入れている親御さんもいるかもしれません。
そう思うと、手を抜くわけにはいかないわけですね。
こういった意識が、こういった僕の生い立ちが最も『親御さんへの面談、ガイダンスは丁寧かつ真摯に行っていく必要があるという意識』へとつながっているのだと思います。
もちろん僕自身もこのような意識を継続していきますが、他の講師にも同じような意識で接していってほしいと思いますね!
そこで今回は『生徒のみならず、親御さんからの信頼を獲得し、それに応える必要性』について書いていこうと思います。
●自分の親の生い立ちにも影響している僕の意識●
面談を継続いていく中で、親御さんと実際に接することが増えていきます。
また、ガイダンスなどで親御さん対象に話すこともあります。
自分で言うのもなんですが、僕はそういった親御さんから短時間で信頼を得ることが得意な講師だと思っています。
普段は「非常勤講師」として働いているので、スーツを着ることはありませんが、たまに着るスーツが似合う人間のようです(笑)
普段からダラダラせず、丁寧かつ誠実に接することを心がけているので、それも信頼獲得への基本姿勢につながっているのかもしれません。
ただこのようになったのも様々な経緯があります。
僕は大学1回生の頃から塾講師として働き始めました。
同じ年代の人と比べれば、将来も塾講師として働いていこうとしていただけあって、真摯に取り組んでいたと思います。
ただそれでも若いに違いはないわけです。
どんな講師でも答えようのない質問をされるときもあると思います。
そんなとき自分の中では自信も持って返答したつもりでも、相手の親御さんからすれば「どこか頼りないなぁ」という印象を持つ可能性も非常に高いわけです。
でもこんな事態は嬉しくないですよね。やはり悔しい思いも多々しました。
それでもめげている場合ではありませんから、親御さんに子供(=僕から見れば生徒)のことを聞かれれば、正確に自信を持って返答できるようにしていきました。
これが今の、親から信頼を得やすい僕へとつながっているのだと思います。
このように、親御さんに対する意識が強いのは、僕の生い立ちにも関係があると思います。
僕の出身校だけを他の人が見ると、『灘高→京大』という流れもあって、「親はずいぶん教育熱心な人なんだろうな」と思われると思います。
確かに全く教育に無関心な親ではありません。
僕が勉強に興味を持ったときに勉強できるような環境は準備してくれていたと思います。
ただ親自身は両親とも大学には行っていません。いわゆる難関高と呼ばれるような高校に行っていたわけでもありません。
父親は高校卒業後すぐに自営の道に入った人間ですし、母親は基本主婦をしている人間です。
父親も自営ですから、うまくいくときもあれば、うまくいかず苦労したときもありました。
そんな経緯があり、稼いでいるときもそうでないときも、『お金に対する意識』というのは強く持っていたと思います。
それもあり、僕には少しでも良い教育を受け、可能性の広い選択ができるようになってほしかったようです。
こんな中、小さい頃に勉強に少し興味を持つようになりました。
それもあって本格的に塾に通うということもしていきました。
ただそのときも父親の『お金に対する意識』というのは強くありましたから、『塾に高いお金を払う以上、それに見合ったサービス提供を受ける必要がある』という意識であったように思います。
なので、塾からの面談があった場合は絶対に行き、もらうべきアドバイスはもらっていました。
逆に適当なアドバイスしかくれない、適当に面談をしているとしか思えない講師に対してはかなりの嫌悪感を抱いていました。
それは今でも「思い出」としてですが、「あのときのあの先生は酷かったよなぁ」と振り返ることがあるくらいです。
こんな自分の親の姿を見ていると、今僕が講師として適当に面談をする意味がわからないと思うわけです。
正直、生徒の様子はわかっても、その親御さんの生い立ちまで知ることはできません。
中にはお金に対しての意識がそれほどない人もいるかもしれませんし、僕の親以上に意識している人もいるかもしれません。
子供の教育に関しても僕の親以上に熱を入れている親御さんもいるかもしれません。
そう思うと、手を抜くわけにはいかないわけですね。
こういった意識が、こういった僕の生い立ちが最も『親御さんへの面談、ガイダンスは丁寧かつ真摯に行っていく必要があるという意識』へとつながっているのだと思います。
もちろん僕自身もこのような意識を継続していきますが、他の講師にも同じような意識で接していってほしいと思いますね!