新たな刺激をもらえる人にも知り合いながら、
もとからいた人たちの中にも自分とは志望は違うまでも、
本気で自分の目標に向かっている人が多数いました。
確かに、全然ダメな人が多数いたのも事実です。
ですが、そのような人とは距離を置き、
自分の目標に向けて努力を惜しまない集団の中にいたことで、
自分自身のやる気につながるだけではなく、
志望校などは関係なしに、
みな「自分の思う志望校に受かろう!」という共通の思いがあり、
いかにも『仲間』といった感じでした。
そのような環境下で、自分自身納得のいく浪人生活を送っていた折、
自分にとってはツライ現実が待っていました。
ある夏の日、親がわざわざ関西から東京に来たのです。
単にこれだけであれば、子供の顔を見るために来たと思えます。
ですが、実際には違い、ある告白をするために来たのです。
それは…「自己破産した」ということでした。
僕の親は自営業として働いていました。
もともと、ずいぶん年下の知り合いと一緒に会社をやっていたのですが、
その会社を定年と共に辞め、同種の仕事を今度は自分だけで始めたのです。
その際、その会社名を考えたのも僕でした。
親に候補を挙げられ、僕も候補を挙げて考えた結果の名前でした。
そんな思い入れのある会社が潰れてしまったのです。
しかし、どうやら経緯を聞くと、
もともとの会社にいた人の中から一緒に独立する人を見つけたのですが、
この人が曲者でした。
この曲者が、将来のことを考えてか、もといた会社に情報を流し、
今までになかった営業をしたとしても、
その情報をすべてもとの会社に流していました。
もともと、僕の父親が営業を中心に担っている会社だったこともあり、
それが惜しかったのでしょう。
しかし、その営業力のある父親を「スパイ」とも言える存在を入れることで
間接的に監視し、そこから情報を得ていたことになります。
その結果、父親の会社はとことん新規客をとることができなかったのです。
最終的にはそのようなスパイ行為にも気付いたのですが、
そのときにはすでに「時すでに遅し」。
結局潰すことになったのです。
そんな話を東京という、自分からすれば異郷の地で聞き、
苛立ち、恨み、いろいろな感情が湧いてきました。
ですが、そんな状況の中、親は「寮生活の資金はなんとかするから」と
東京での寮生活、浪人生活を続けさせてくれ、
僕の夢の実現の手助けをしてくれたのです。
これが今、僕の親に対する感謝の思いが強い理由ともなっています。
このような状況下、
『他人を信じるのではなく、
自分を信じて努力していくべきだ』
という思いに至り、より燃えて勉強を進めていくのです。
もとからいた人たちの中にも自分とは志望は違うまでも、
本気で自分の目標に向かっている人が多数いました。
確かに、全然ダメな人が多数いたのも事実です。
ですが、そのような人とは距離を置き、
自分の目標に向けて努力を惜しまない集団の中にいたことで、
自分自身のやる気につながるだけではなく、
志望校などは関係なしに、
みな「自分の思う志望校に受かろう!」という共通の思いがあり、
いかにも『仲間』といった感じでした。
そのような環境下で、自分自身納得のいく浪人生活を送っていた折、
自分にとってはツライ現実が待っていました。
ある夏の日、親がわざわざ関西から東京に来たのです。
単にこれだけであれば、子供の顔を見るために来たと思えます。
ですが、実際には違い、ある告白をするために来たのです。
それは…「自己破産した」ということでした。
僕の親は自営業として働いていました。
もともと、ずいぶん年下の知り合いと一緒に会社をやっていたのですが、
その会社を定年と共に辞め、同種の仕事を今度は自分だけで始めたのです。
その際、その会社名を考えたのも僕でした。
親に候補を挙げられ、僕も候補を挙げて考えた結果の名前でした。
そんな思い入れのある会社が潰れてしまったのです。
しかし、どうやら経緯を聞くと、
もともとの会社にいた人の中から一緒に独立する人を見つけたのですが、
この人が曲者でした。
この曲者が、将来のことを考えてか、もといた会社に情報を流し、
今までになかった営業をしたとしても、
その情報をすべてもとの会社に流していました。
もともと、僕の父親が営業を中心に担っている会社だったこともあり、
それが惜しかったのでしょう。
しかし、その営業力のある父親を「スパイ」とも言える存在を入れることで
間接的に監視し、そこから情報を得ていたことになります。
その結果、父親の会社はとことん新規客をとることができなかったのです。
最終的にはそのようなスパイ行為にも気付いたのですが、
そのときにはすでに「時すでに遅し」。
結局潰すことになったのです。
そんな話を東京という、自分からすれば異郷の地で聞き、
苛立ち、恨み、いろいろな感情が湧いてきました。
ですが、そんな状況の中、親は「寮生活の資金はなんとかするから」と
東京での寮生活、浪人生活を続けさせてくれ、
僕の夢の実現の手助けをしてくれたのです。
これが今、僕の親に対する感謝の思いが強い理由ともなっています。
このような状況下、
『他人を信じるのではなく、
自分を信じて努力していくべきだ』
という思いに至り、より燃えて勉強を進めていくのです。