中村梅玉
前名の中村福助時代から、口跡の爽やかさと風姿の良さには定評のある役者だ。二枚目の白塗りが似合う人で、芸の品格の良さは父親の6世中村歌右衛門譲りだろう。
こうした魅力をそのまま保ちながら、だんだんに芸が深くなってきたのが最近の梅玉だ。
「引窓」は、親子の情を描いた芝居で、わかりやすい上に実に巧みに構成されている。明かり取りの窓が大きなポイントになっているのでこの名で呼ばれているが、長い通し狂言の一幕である。
梅玉演じる南方十次兵衛という役は、いわゆる「気のいい」役だ。演じていておそらく気持ちが良いだろうな、と観客が感じる役で、見せ場も十分に用意されている。
継母との義理、自分の職責とのせめぎ合いに悩んだ挙句、情を取るという男の心がいっそ爽やかである。だからこそ、梅玉にはこの役が似合うのだろう。
罪を犯して逃げて来た義理の弟を逃がすために、さりげなく逃げ道を教える聞かせどころの科白など、見事な調子である。
歌舞伎では科白を「張る」と言うが、朗々と科白を謳い上げる梅玉は姿も良く、観てい
て気持ちが良い。
いやらしさやあざとさがないのである。素直な気持ちで役に挑んでいるからだ。
芸格がきちんと形作られていながら、硬さがないのがこの役者のもう1つの魅力でもあろう。
硬軟を使い分けながら役の心情を情感と肚で表現する時期に入ってきたのだ。厳しい修行を重ねてきた上で、こうして花が開く。
父・歌右衛門の歩んだ通り、ただただ、歌舞伎一筋に脇目もふらずその道を歩んでいる。
演劇のジャンルがボーダーレス化している今、ある意味では不器用な役者かもしれない。しかし、芝居の神様はちゃんとご存じなのだ。
この役者がより大きな華を繚乱と咲かせる日はそう遠くはないような気がする。
中村義裕「南座顔見世の役者たち」
百人百役
私が惚れた役者たち
中村梅玉
「引窓」の南方十次兵衛
大塚薬報 6月号
2006/No.616
大塚製薬工場
写真提供:松竹株式会社