哲学という麻薬
「哲学」についてのわたしの考え方は、かなり変わっているかもしれません。わたしはどうも「哲学」というものを肯定的なものとして受けとることができないのです。
社会生活ではなんの役にも立たない、これは認めなけれぱいけないと思います。
しかし、それにもかかわらず、100人に1人か、200人に1人か、あるいは1000人に1人か割合ははっきりしませんが、哲学というものに心惹かれて、そこから離れることのできない人間がいるのです。
わたしもそうでした。答えの出そうもないようなことにしか興味がもてないのです。
わたしも、やる前から、なんの役にも立たないことは分かっていました。それじゃあ、哲学から離れて、世の中の役に立つような人生を歩めるかというと、これができないのです。
ほかの職業を選んだとしても、たぶん、ずっと哲学が気になって気になって仕方がなく、中途半端な生き方をすることになったと思います。
哲学科に入ってくる学生や、哲学書の愛読者などにはこうした性向を持っている人が多いわけでしょうね。哲学から抜け出せないことは、とても不幸なことなのですがね。
わたし自身、後悔はしていませんが、哲学に取り憑かれなければ、もう少し楽な生き方ができたと思います。
哲学は不治の病のようなものですよ。わたしのばあいは、哲学を自分の仕事としたために、哲学が持つ毒をよく理解することができました。
だから、人に哲学をすすめることなど、麻薬をすすめるに等しいふるまいだと思っています。
しかし、哲学という病にとりつかれた人はもう仕方がありませんから、せめてそういう人たちを少しでも楽に往生させてやろう、哲学に導き入れてやろうと、そんなふうに考えて本を書いているのです。
わたしの書く入門書は、同じような不幸を抱える人を読者に想定して書いています。同病相憐れむですね。
だから、「子どものための哲学」なんて、とんでもない話です。無垢な子どもに、わざわざ哲学の存在を教える必要はありません。哲学なんかと関係のない、健康な人生がいいですね。
木田 元「反哲学入門」
哲学は西欧人だけの思考法である
波 2006年6月号
新潮社
¥100