パラサイト式血液型診断 | 月かげの虹

パラサイト式血液型診断


「僕のこと、ヘンだと思っているでしょう?」

数年前、藤田紘一郎先生にお会いした際、いきなりそう訊かれて思わず私は「はい」と答えた覚えがある。

先生は自身の体に寄生虫を飼っていた。確か「キヨミちゃん」という名前のサナダ虫である。

すでに先生の腸を超える長さまで成長しており、ウンコをすると肛門から出てくるので出てきた部分を毎日ピュッと手でちぎると話していた。

「なぜ、寄生虫を飼うのですか ?」
私がたずねると、先生はこう言って徴笑んだ。

「テレビ番組で "寄生虫との共生が大事だっていうけど、あなた自身だって共生してないじゃないですか" と言われたので、思わず "飲む" って言っちゃったんです」

言われたから飲んじゃったらしいのである。当時、先生はアレルギー反応を抑えるIgE抗体の研究をしていた。

これは人体が寄生虫感染した際に人体で生産される抗体。先生は寄生虫の排泄物がその生産を誘導しているにちがいないと、排泄物の分子構造、遺伝子配列の特定に取り組んでいたのである。

アレルギーの特効薬開発につながる研究だったのだが、一般の人には理解されにくい。

そこでわかりやすいパフォーマンスとして「寄生虫を飲んじゃった」というわけなのであった。

以来、先生の本を読むと私はいつもはらはらする。一般受けを考えるがあまり、ヘンな誤解を招いてしまうのではないかと。

本書をパラパラと読むと、先生は血液型で性格が決まると主張しているような印象がある。

A型は協調性を重んじる、B型は移り気、O型は開放的……どれも生物学的根拠があるのだと。

しかし注意深く読めばわかるが、先生は血液型と性格はあくまで「関係がある」と主張しているだけで、本題は別にある。

そもそも血液型の違いは、赤血球表面に付着している糖の分子「糖鎖」の違いだという。

A型にはA型血液型物質、B型にはB型血液型物質、両方持っているのがAB型で、どちらもないのがO型である。

そしてそれぞれの血液型は、自分にない血液型物質に対する抗体を血清中に持っている。A型の人は抗B抗体、B型は抗A抗体、O型は両方持っており、AB型はどちらもない。

病原菌もこの血液型物質を含んでいるので、例えば肺炎球菌(B型物質を多量に含む)が侵入すると、抗体のないB型の人は冒されやすく、重症化しやすいということになる。

つまり血液型によって、かかりやすい病気とかかりにくい病気があるというわけだ(本書にはその一覧表も記載されている)。

ではなぜ、こうした血液型の違いがあるのか ? 先生の仮説によると、それは腸内細菌の仕業。私たち人類が人類に進化する以前から共生していた腸内細菌が持っているA型物質やB型物質の遺伝子が人間の体内に潜り込み、トランスフェクション(遺伝子移入)が起こったというのである。

私たちは「私は何型」「あなたは何型 ?」という具合に血液型を人間の特性と考えがちだが、実はそれは微生物によって生み出されたものらしい。

また、血液型はABO式だけではない。血液型物質の分類によってルイス式、ダフィー式、MN式、P式、Rh式、さらには白血球にも血液型(HLA)があり、それぞれ徴生物が複雑に関与していると先生は指摘している。

要するに人間はABO式の単純な4種類で分類できるはずはなく、限りない多様性を秘めており、その多様性は微生物との関係(病原菌との闘いや腸内細菌との共生など)の産物なのだという。

本書は答えではなく、むしろ謎を提示している。微生物と人間の関係のメカニズムについてはまだほとんど解明されておらず、それをひとつひとつ解くことが、「人間とは何か ?」を知ることになる。

先生はその道筋をわかりやすい血液型を通じて示そうとしているのだ。ちなみに先生本人の血液型はA型。A型は結核菌などの感染症に弱いらしく、そのために常に周囲を気にする性格になりやすいそうである。

寄生虫まで飲んでしまう先生のサービス精神はそのためだったのか。やはり血液型と性格は「関係がある」のかもしれない。

高橋秀実「A型の藤田先生」
たかはし・ひでみね ノンフィクション作家


藤田紘一郎『パラサイト式血液型診断』
(新潮選書)
4-10-603562-6

波 2006年6月号
新潮社
¥100