接遇応対セミナー | 月かげの虹

接遇応対セミナー

当院も病院機能評価を受けることになって、その準備が始まっている。大切な評価項目の一つである「患者接遇」を徹底するために、企業の行う接遇教育セミナーに接遇改善委員長であるK先生が参加することになった。 このセミナーは某航空会社が主催するもので、「キャビンアテンダント」が講師だという。3日間スチュワーデスから手取り足取りの教育!  皆の羨望の中、K先生がどう変わるのか、我々の接遇教育がどうなるのか、というところまでが先月のお話。さて、その後……。 K先生が3日間の接遇セミナーに参加している間、神経内科グループのストレスは相当なものだった。 もともと人数が少ないところへ1人減になって仕事が大変になったのだが、その1人が今頃スッチーと楽しくやっているなんて思った日には、ストレス倍増どころか、lOO倍増。 誰ですか? 「楽しくやっている」なんてお品のないことを言う人は。K先生だって厳しい接遇訓練をお受けになっているのかもしれないじゃないですか! 「本当は行きたくないんだけど、皆の代わりに僕が代表でスチュワーデスから接遇教育を受けなくちゃいけなんだよ、でへへへへ」 とK先生は言い残して出かけられた。 今日からK先生が戻ってくる。どんなふうになってくるのか、皆興味津々。早めに来て医局のソファでK先生を待つ。 「変わるわけ? K先生が? だいたいさ、もともとちょっと嫌みな感じがあるじゃない? 接遇って言うなら、あの嫌みな感じをまず直せっで片うんだよな」 とH先生。おお、相当ストレスがたまっている様子。単なる嫉妬ともとれるが。 「そうですか? 別に嫌みだとは思わないけど」と私。 「皮肉屋なんだよな。俺の靴下見ていつも笑うんだよ。高校生じゃないんだからって。どういう意味なんだろ」 H先生はズボンの裾をめくってみせた。そこには目にもまぶしい真っ白な綿靴下が。 「あ、高校生みたい」 思わず私も言ってしまう。 「先生、それ、皮肉や嫌みじゃないですよ。いい年して綿の白靴下なんかスーツにはいちゃだめですよ」と笑い伝げる。 「へ? 何がいけないの? 靴下って普通白でしょ?」 「普通は白じゃないんですって。それ、やっぱり高校生までですよ」。 周りの医師もにやにやしながら会話を聞いている。 我々医師は社会人になっても接遇教育を受ける機会などなく、したがって、服装の基本も知らなかったりする。無頼派を気取る場合もあるから、服装は良くも悪くもセンスなし。このレベルから教育するとなると、K先生も大変かもね。 扉が開いてK先生が入ってきた。いつにもまして背筋の伸びたスーツ姿にスマートな歩き方。そして皆が見守る中、見たこともない満面の笑みで「おはようございます」 「おお!!」 一同、のけぞりながら思わず感嘆の声がもれる。一言ってやろうと身構えていたH先生もその笑みに二の句が継げない。すごいぞ、接遇セミナー。 「先生! どうだったの、セミナー。スッチーいた?」わくわくしながら私が聞く。周りの皆も身を乗り出す。 「スッチー……いなかった」満面の笑みがかき消え、伸びた背筋が丸くなる。 なんで? どうして? スチュワーデスによるセミナーじゃなかったの? 「僕らは男だから、男性の接遇講師が男の受講生集めて別室で講義。ま、キャビンアテンダントには男性だっているわけだし。スチュワーデスじゃなくて、スチュワードってやつ?」 K先生はふ~と遠くを見る目になる。 「頭に本乗せて歩いたり、何10回も頭下げて礼の練習したりの筋肉痛はまだまし。微笑みの練習で顔面筋がつった日には、顔が戻らなくなった」 「看護婦じゃなくて看護師で、男性もいるのと同じか。野郎の顔見て微笑み練習? そりゃつまらんわな。いやあ~接遇委員長、3日間ご苦労さん!」 今度はH先生が満面の笑み。 「でも、ま、いろいろ分かったから。ちゃんと還元させてもらうよ。H先生、白綿靴下やめるように! 真田先生、寝癖直して!」 お手柔らかにK先生!! 医局の窓の向こう側 ⑳ 接遇教育 2 Medical ASAH1 2006 February 99 メディカル朝日  2006年2月号