自殺なくせ救いの手
7年連続で自殺者が3万人を超え、政府は今年度予算に自殺総合対策費を盛り込んだ。秋には自殺予防総合対策センター(東東都小平市)が置かれ、「遺族の気梼ちを逆なでする」とタブー視されてきた自殺原因の個別調査も本格化する。
今年度は将来、我が国の「自殺予防元年」と呼ばれるかもしれない。コツコツ積み上げられてきた民間や自治体の対策を取材した。
「変調」早期に発見
21年間、自殺予防に取り組む新潟市の精神科医高橋邦明さんには1つの確信がある。「村と企業は、実はよく似ている」
高齢者自殺が多かった新潟県旧松之山町(現十日町市)で、自殺を3分の2近くまで減らす成果を上げた。
うつ病で自殺の恐れがある高齢者を見つけ、治療につなげるのが「松之山方式」。うつ病予防の講演会を公民館で開くなど、地道な啓発活動も欠かさなかった。各地の自殺予防事業に受け継がれた手法だ。
旧松之山町では、町民の健康状態を知る町のかかりつけ医が、うつ病の発見と初期治療に大きな役割を果たした。「企業では産業医が社員のかかりつけ医になれる」。高橋さんはそう思う。
千葉県君津市、京葉工業地帯のほぽ南端にある新日鉄君津製鉄所で、中間管理職に昇任した人向けの恒例行事がある。
まる1日かけた「メンタルヘルス講習会」。同社の産業医、宮本俊明さんらが始めた。「社員の変調を見つけるのは誰か。私は管理職を重視します」と宮本さん。講習会では部下や同僚の「話を聞く」ことの大切さ、変調を発見した時の対応などを説く。
東邦大医療センター佐倉病院(同県佐倉市)の黒木宣夫助教授の研究結果がある。「過労やストレスで自殺し、労災認定された人の約7割は自殺前に医療機関にかかっていなかった」
宮本さんはこれを肝に銘じた。管理職らとの情報交換ネットワークを作り、自殺の恐れのある人の早期発見を目指す。健康診断では関連会社を含めた約4千人の社員全員との面談を手がける。
未遂者ケア救急と連携
「自殺予防なんて、自殺行為じゃないか」日本の自殺予防の草分け、防衛医科大学校(埼玉県所沢市)の高橋祥友教授はそんな言葉を思い出す。自殺予防に奔走する高橋さんの将来を案じ、仲間の医師がなげかけた言葉だ。
80年代当時、山梨医大(現・山梨大医学部)助手。近くには、宮士山のすそ野に広がる青木ケ原樹海があった。死に揚所を求めて、多くの人が樹海に足を踏み入れる。
高橋さんは絶命寸前で保護された人の精神的なケアに当たった。その体験が精神科医としての生き方を決定づけた。「山梨に来る前、自殺は100%意志を固めた『覚悟の死』と思っていた。
だが、違った。何かに追い詰められ、人は生と死の間でさまよっている。ならば、『考え直してみませんか』と声をかけるのが、精神科医の務めだと思った」
今では大学病院も自殺未遂者のケアに乗り出している。盛岡市の岩手医大神経精神科に5年前から、精神科医1人を1年交代で併設された県高度救命救急センターに常駐させている。救急と精神科の一体化を目指した全国的にも珍しい試みだ。
24時間態勢。4月からは6代目の医師(27)が勤務している。自殺を図り、搬送されてくる人は年間150~190人。
9割ほどは一命を取り留めるが、体の傷が癒えて退院しても、未遂者が改めて自殺を図るケースは多く、繰り返したあげくに死に至るケースも少なくない。
搬送直後から精神科医が未遂者の精神的ケアにかかわり、退院後も相談にのって連鎖を断ち切ろうと取り組みが続いている。
「安心して悩める場を」
神戸市須磨区の写真家・原伊佐夫さんは「写真修復」に取り組んでいる。破れた写真、水浸しの写真を復元する。阪神大震災で被災した人からの依頼が多い。「1枚の写真が人の命を救うことがある」と原さん。
昨年暮れ、震災後に音信不通になっていた友人の会社員男性と明石市で再会し、彼の厳しい状況を聞いた。
彼は震災で家を失った。父親と兄の3人暮らしだったが、父親は負傷し、3年ほどで亡くなった。兄は父親の年金をパチンコに入れあげたあげく、行方不明になった。
彼は孤立し、深いうつ状態となった。取材で「何度も自殺を考えた」と明かした。
立ち直りのきっかけが写真だった。倒壊した家の下で雨にぬれ、グシャグシャになったが、手放せずにいた大切な「思い出」。それを原さんに復元してもらった。
「きれいになった写真を仏壇に飾った。母の笑顔の一番いい写真でね。本当にうれしかった」
10年連続で、自殺率が全国ワースト1となった秋田県。秋田市の精神科医、稲村茂さんは主に一般の入向けに「ロールプレー」を各地で指導している。
「死にたい」と、身近な人から打ち明けられた時どう受け止めるか。対話形式の模擬訓練でシナリオを読み上げる。
「相談とは自分も一緒にうつに入り苦しさを共有すること。それが一番のサポートです」「安心して悩める場、悲しめる場をつくることが予防につながる」。稲村さんは確信を語った。
政府の主な自殺予防総合対策
1)実態分析の推進
自殺遺族、友人などからの聞き取りなど原因の個別調査を含め、実態や要因の分析を多角的に進める
2)相談体制の充実
児童生徒、労働者、高齢者などライフステージ別に
3)相談員の育成支援
自殺予防総合対策センターなどで研修を行い、公的機関や民間団体の相談員の資質向上を目指す
4)自殺未遂者のケア
民間とも連携し、救急病院に搬送された未遂者が退院後もフォローアップされる体制の充実など
5)自殺遺族・周囲の人のケア遺族のケアのあり方などを研究機関を中心に検討する
6)目標・推進スケジュール
2年以内をめどに全都道府県に自殺対策連絡協議会の設置を促す
自殺率20%減少、未遂者の再企図率30%減少のための対応方法を5年以内に確立、全国に展開
今後10年間で自殺者数を急増以前の水準に戻す
自殺なくせ救いの手
7年連続3万人超 政府が総合対策
2006年5月28日
朝日新聞
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保団連地域医療部 医科歯科合同部会