祈る外科医
太古の時代から世界各地でさまざまな医の守護神が祀られてきた。また医の世界では医神を医に携わる者が崇拝し、医療者は医神の力を借りて、病に苦しむ者を助けてきた。
現代でも、病人やその家族は寺社に詣って回復を祈り、多くの人々が神仏に家内安全と無病息災を祈願している。
欧米では病院が中世にキリスト教社会の中で生まれたこともあって、当然のように病院にチャペルがある。
日本でも江戸時代まで医者の家では医の守護神を祀って医業の無事と発展を祈った。大衆もまた道ばたの地蔵から薬師、少彦名命を始めとする八百万の神々など神仏に病からの回復と健康を願って祈った。
しかし、明治に入って科学的、合理的、西洋医学が導入されると、迷信を排除することに急いだ政府は寺社での医療を禁じ、医療の場に宗教を持ち込むことを禁じた。
また、新たに西洋医学が導入されて生まれた病院では宗教色を払拭することにつとめてきた。
だが、時が移り変わり、19世紀以降、自然の解明がすすみ、神の力を借りなくても、宇宙のすべてが人の手で判明すると信じた時期もあった。
しかし、病に苦しむ病人は、神仏からの一筋の光に救いを求め、医に携わる者でも手術の前に神に祈る外科医のように、敬虔な気持ちで医療に臨む。
自然は人間の非力を自覚させ、人を超えた力の存在を信じさせる。神、信仰と医療の関係は、浮き沈みがあっても長い歴史が続いてきた。
画像:祈る外科医(Rutkow IM ; Surgery : An Illustrated History, Mosby-Year Book, St.Louis , 1993 ; 504 より引用)
順天堂大学医学部客員教授
酒井シヅ「医の守護神」
日医雑誌 第135巻・第2号
平成18(2006)年5月号
医の歴史