イサン過多
5. それぞれの創造性
その次に私が考えたことは、これはまた飯田先生のご質問にも少し関係しているようですけど……。
実は私のところに来られるクライアントの方は、天才的な方はまずいません。時々ありますけど、ちょっとそういう話は後でします。大体は普通の方です。
今日は精神科医の方が多いのではないかと思いますが、精神科医の方のところへ行かれるよりは混乱度がそれほど病的ではないです。
浮気をして、離婚を申し渡されて困っているとか、neuroticな症状とか、そのぐらいです。あるいは誰かに中傷されて、左遷されて、そこからdepressionになったとか、depressionになる前はそういうふうなことで来られるとか、何か普通の状態の人が困った状況になるから来られるわけです。
大変うれしいから相談に来る人はありません。何か困った人が来ます。しかし、なかなか困った状況というのもあるものです。
depressionで死のうかと思って相談に来られた方が、非常にみすぼらしい服装をしておられたので、お金に困っている人だと思ったら、莫大な遺産が入ったと言っておられて、これにはびっくりしました。
急に遺産が転がり込んできて、みんな知っていますから、すぐに寄付とかを取りに来るのです。寄付を出しても誰も喜びません。当たり前のような顔をして持っていくのです。
腹が立つから寄付を出さなかったら、ものすごく嫌な目で見られ、ケチだと言われるのです。友達なんかもみんなわあ一っと集まってくるので、おごると、みんな当たり前みたいな顔をしているのです。おごらないと嫌な顔をされるのです。
莫大な遺産が転がってきて、寄って来る人がお金のために寄ってきているのか、人間関係で寄ってきているのかわからなくなるし、だんだん世の中が嫌になって、「死にたい」と来られた方がいました。
悩みというのもいろいろあるなと思いました。私はこの話をよくしていますが、私の診断ではこれを「イサン過多」といいます。
その話をすると、誰でも言うのが「おれも一度イサン過多になりたい」と。実際なったら大変だろうと私は思いますが。余談ですけれども。
そういう何らかの途方もないことが起こってきたとき。エレンベルガーは、このcreative illnessといったときに、大体中年のあたりを予想して、中年のあたりでの心の病をそのように呼んでいます。
このillnessというのをもっと拡大して、心の病だけでなく、体の病も、今言いましたように、急に離婚を申し込まれたとか、子どもが不登校になったとか、あるいは急に左遷させられてしまったとか、親友に騙されて詐欺にかかって金を取られたとか、そういうふうなことを全部creative illnessと思ったらどうだろうと、私は考え始めました。
そこから、私が話をしているうちに、だんだんすごいクリエイティブなことをされるということはあまりありません。
ただ、depressionのほうはこのごろでは薬が効きますけど、薬が効かない人が来られる場合があります。
薬が効かないから我々のところに来られるわけですけど、そういう人とお会いしていると、それまでの仕事一筋の生き方を変えて、案外その人なりに何かクリエイティブな仕事をされることが割とあります。
絵を描く人、詩を作る人、小説を書く人もたまにあります。日本には和歌とか俳句とかがありますから、ああいうのを新聞に出すとか、写真を撮って発表するとか、そういうことをやってdepressionを乗り越えていく人もあります。
しかしそうではなくても、その方が自分の人生をそこから考え直して生きていかれるという場合、creativityというのを、すごい芸術作品を作ったとか、学問的にすごい発見をしたとか、そういうことだけではなくて、その人は自分の人生というものをcreateしようとしている、と私はこのごろ考えるようになりました。
つまり、同じ人生というのはあり得ないわけです。1人1人みんな違うわけです。その中でcreateするという場合に、私が特に思っていますのは、自分の物語というものをcreateして、その物語を生きようという、そういう仕事をするきっかけとしてのcreative illnessというふうに考えると、すべての人がそうだと言っていいぐらいではないかということです。
だから来る時はみんな非常にnegativeな、マイナスのことで来られて「なぜ、私はこんなに不幸なのだろう」と泣いていますがその時にそこから何かcreativeなことが生まれるのではないかと私が思ってお会いしていると、そうなっていくことが多いのです。
つづく
河合隼雄「創造性の秘密」
第51回日本病跡学会 特別講演
日本病跡学会雑誌
No.68
2004年12月25日発行