サスペンス映画
ポリティカル・サスペンスというジャンルがある。日本ではなかなか踏み込めない分野である。大統領や要人の暗殺、CIAやFBIの陰謀を堂々と描く。よく当局が許したなと思うほど、政治、あるいは政治世界の裏側に踏み込んでみせる。
例えば、日本映画で小泉首相暗殺計画の物語や、内閣情報局が裏で陰謀を重ねて実行しているなんて、とてもじゃない。映画にしたらもう大変だろう。
しかし、アメリカ映画では平気でそれをやってみせる。また、当局側も、あくまでフィクションだからとケロリとしたものである。われわれから見ると、たとえフィクションであっても、ある程度下敷きがあると考えながら見るとすごくおもしろい。
過去で一番おもしろかったのは、オリヴァー・ストーン監督の『JFK」であろう。ケネディ大統領暗殺事件の隠された裏側を、命を懸けて探ろうとする地方検事の姿をドキュメンタルに描いた傑作だった。
現実に迫る地方検事のケヴィン・コスナー。すごく現実的なサスペンスに興奮させられたものである。オリヴァー・ストーンはその勢いに乗って『ニクソン」を作った。
こちらはアンソニー・ホプキンスのニクソン、その性格描写が実に優れて、やがてあのウォーターゲート事件に落ち込んでいく姿がこれもポリティカル・ドラマならではのサスペンスで引き込んでいく。
最近の映画で胸をときめかせたのは、前回も少し取り上げた『ザ・インタープリター』。国連で女性同時通訳者が、夜忘れ物を取りに帰った時、人変なことを知ってしまう。
ある国の大統領が国連で演説のために来米するのだが、その演説の只中に暗殺しようという陰謀が練られているのだ。その陰謀を調査しているCIAの捜査官。
彼女の過去に奇妙な暗い影があることを知る。彼女の行動、陰謀の行方、ここで見事なスリルが盛り上がる。いやこれはおもしろい。国連の内部まで撮影しているのだから、国連の協力があったことも間違いない。
大統領暗殺といえば、フランスのドゴール大統領暗殺を描いた『ジャッカルの目」は傑作だった。暗号名"ジャッカル"と呼ばれる殺し屋が、ドゴール大統領を暗殺するためにさまざまなテクニックを使ってフランスに侵入し、狙撃しようとするのだが……。
この映画のリメイクが『ジャッカル」であった。こちらの方はブルース・ウィリスがジャッカルを演じ、リチャード・ギアが追う刑事ということで、ターゲットは大統領ではなく、政治上の要人ということになっていたが、かなり派手な映画になっていた。
リメイクであるとともに、要人暗殺の話としては、『クライシス・オブ・アメリカ」が新作として心に残る。これはデンゼル・ワシントンの軍人が、洗脳されていて要人の暗殺に走るというサスペンスフルな映画である。
実はこの映画、かつてフランク・シナトラやローレンス・ハーヴェイで映画化された『影なき狙撃者』のリメイクなのである。
この『影なき狙撃者』は朝鮮戦争で中国共産軍に捕らえられた兵士が洗脳され、アメリカヘ帰ってから要人暗殺に走るという物語。ともにかなり心理映画めいているが、実はサスペンスを存分に楽しめる作品になっていた。怖い話である。
私が好きな作品はジョン・グリシャム原作による『ペリカン文書』と『ザ・クライアント依頼人』の2本である。
『ペリカン文書』は、環境汚染につながる政治の汚名と、それを隠そうとする悪い存在が暗躍を続ける物語である。ジュリア・ロバーツがある法曹関係者の死を推理し、理論づけた論文を書いたところから彼女の先生が殺され、彼女も命を狙われる。
救援を求めてジャーナリストのデンゼル・ワシントンに連絡。そこから政財界の汚点が明るみに出ることになる。かなりリアリティーの高い密度の濃い作品で、それだけにスリルが盛り上がる。
一方の『ザ・クライアント依頼人』は、マフィアの弁護士の自殺を目撃した少年がFBIに追われ、マフィアに狙われ、細腕でやっている女性弁護士のところへ助けを求めて飛び込む。
FBIの手練手管のすごい調査ぶりが実にあざやかに見られて興味津々。さあこの女性弁護士がどう少年を守るか。このスリルはたまらない。
アル・パチーノの『リクルート』もFBIの内部を描いた作品だった。一種の内部告発的な映画で、突然スカウトされた青年がいかにFBIの内部を知るかという構成。
『マーシャル・ロー』はテロ発生に大統領が戒厳令を発する。さあその是か非か。ニューヨーク全土が兵士で埋まるのだが……。
日本映画でも、『宣戦布告』や『亡国のイージス」といった、北朝鮮の脅威を描いた映画があり、結構おもしろい。
これからも、政治や経済、戦争の危機をどう避けるかといったポリティカル・サスペンスでもっと楽しませてもらいたいと思う。
水野晴郎の超特急的映画論
「ポリティカル・サスペンス映画のおもしろさ」
大塚薬報 2005年12月号
No.611
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