恋はさじ加減

『素晴らしい一日』で、平安寿子(たいらあすこ)がデビューした時のことは、ちょっと忘れられない。その一風変わったペンネーム(ヘイアントシコ? タイラアンジュコ?)は勿論だが、何よりもオール讀物新人賞受賞作である表題作が良かったのだ。
この作者、何者? と作者プロフィールをすかさずチェックしたことを覚えている。そして、彼女の生年を知って、ああ、私が待っていた「大人の女の書き手だ」と嬉しくなったことも。
「素晴らしい一日」は、勤めている会社が倒産した主人公が、かつてつき合っていた男に貸した20万円を取り立てに行く、というそれだけの話なのだが、その取り立てる相手の男というのが、もう、どうにもこうにもダメな男で、昔の女からの惜金を返すのに、さらに借金して返そうとするような、しかもその借金先に主人公を同伴!するようなダメっぷりなのだ。
にもかかわらず、このダメ男、何とも言えず愛敬がある。男の「借金行脚」につき合っているうちに、最初は頑なだった主人公の心がほぐれていく。
この、何とも言えない男女の機微、微妙な心の動きが絶妙に描かれていて、平安寿子は私の中で要チェック作家の一人となったのだ。
平安寿子というペンネームは、アメリカの作家アン・タイラーからとったものだという。あるインタビューで「アン・タイラーが最終目標ですから。初心を忘れないように、という決意表明と、お守りのようなつもりで」と作者自身が語っている。
アン・タイラーといえば、そのストーリーテリングの巧みさもさりながら、登場人物たちそのものの魅力、彼らが織りなすドラマで、多くの読者を魅了している作家である。ペンネームの由来を知って『素晴らしい一日』を読み返すと、また味わい深いものがある。
さて、本書である。6編からなる短編集は、どれも主人公は女性。タイトルからも分かるように、6編に共通のテーマは恋、だ。
そこに今回作者が絡ませたものは「食べもの」である。もちろん、作者流のスパイスがたっぷり効いていて、それぞれに味わいの異なる物語を堪能できる。
ところで、作者流のスパイス、と書いたけれど、それは本書に出てくる食べものをみるとよく分かる。
ヤモリにサソリ!(「野蛮人の食欲」)に、手作りポテトサラダ(「きみよ、幸せに」)に、カレーうどん(一番好きなもの」)に、バターご飯(「とろける関係」)、このラインアップを見るだけでも、作者の企みが透けて見える、というか、え? どういう話なの? ヤモリにサソリって何よ? それと恋がどう絡むのよ? と私なぞはわくわくしてしまうのだ。
もう一つ、これぞ平安寿子、とでもいうべきなのが、登場人物たちのキャラクタだ。6人の主人公全員が、ひとクセある、というか、タフでしたたかでちゃっかりしていてメゲないキャラクタなのだ。それでいて、どこか憎めない、嫌みがない。
これは本書に限らず、平安寿子の物語に出てくる登場人物たちに共通していることで、平安寿子の物語を味わうための肝にもなっている。
例えば、「野蛮人の食欲」の主人公沙織が、どうしてヤモリやサソリを食べるはめになったのか、といえば、前カレがその美味しさを吹聴していた「焼き蛤」食べたさ一心で、焼き蛤を食べに行かないか、と勤め先に出入りしている営業マンに誘われて、ほいほいとついて行ったその結果、前菜として出てきたのが、中国産のヤモリだったのだ。
しかもご丁寧に、そのヤモリにはセミノコやコオロギまで添えられていたのである。前カレヘの当てつけの意味もあった「焼き蛤」デートが、ふたを開けてみるとゲテモノ食いデートだった(勿論、メインは焼き蛤なのだけど)、というあたりで、もうくつくつと可笑しいのだけど、この物語の妙味は、ようやく辿り着いたお目当ての焼き蛤を食べてから、の展開にあるのだ。
そう来たか! という感じで、読み終るとすっかり作者のぺースにはまっていることに気がつくのだ。他の5編も作者ならではの物語であるけれど、6編中唯一、既婚の典子を主人公にした「愛のいどころ」が、しみじみとした味わいでいい。
この物語を〆に持ってくるあたりの、短編集としての構成も心憎い。恋はもちろん、食べものと人生は分かちがたくあるのだ。読後、大事な人と食事がしたくなる一冊だ。
吉田伸子「大事な人と食事がしたくなる一冊」
よしだ・のぶこ 書評家
平安寿子『恋はさじ加減』
4-10-301751-1
波 2006年4月号
新潮社
¥100