DV加害者への対応
DVに介入する司法制度や臨床技法はどのように位置づけられ、展開されるべきなのでしょうか。
諸外国ではDVや虐待のケースについて、加害者向けのカウンセリング等受講命令という「暴力の脱学習プログラム」が導入されています。
日本はこうしたタイプの加害者対応を実施していません。いくつかの民間相談機関の取り組みであるDV加害者向けのグループワークがあるだけです。
たとえば、筆者もその一員である「メンズサポートルーム」での活動があります。精神科医やカウンセラーが主宰するグループワークもあります。グループワークだけではなく、個人の相談や場合によっては夫婦面接をおこなうこともあります。
最終的には離婚となるケース、あるいは再同居を希望するケースがあります。子どもへの虐待が含まれているケースもあります。20代の若者から60代の高齢者まで、職種も、暴力の形態も、家族の事情も異なるDV加害男性たちが集まってきます。
加害男性は「できれば来たくない自主的参加」という矛盾した気持ちを抱いて参加します。しかし、この「曖昧な動機」は、援助者の貴重な手がかりです。DV加害男性たちのグループワークでの語りから垣間見えることはたくさんあります。
筆者の経験から整理すると次のようなことになります。
1)暴力を振るうことへの独特な認知(女はこうすべきだ等)と行動(男ならなぐるもんだ等)と感情の傾向を持っていること
2)思うようにならない事態への対処が暴力としてでてしまうこと
3)妻に言葉で責められたあげくの行動化として暴力がでてくる場合もあること
4)妻や母など愛着対象への依存的な心性があり、暴力として発現させてしまうこと
5)伝統的な家族観や女性への意識や性別役割意識を育った家族のなかで学習してきたこと等です。
グループワークに継続して参加し、自己をみつめ、暴力を認知し、変化の方へと歩み出すことそれ自体がとりあえずは大事だと考えています。この過程は、男らしさ意識の変容、女性依存の克服、自立的な家族観の涵養ともいえます。
こうして生き直しへの貴重な一歩がはじまるのです。その結果、被害者への謝罪や反省へといたります。DVへの介入と加害者へのアプローチは、再び加害者にならないことを援助することが社会の安全を確保し、被害者の安全を保障する上でも大切だという意味で必要なことです。
DVの加害は、行動化され、身体化され、非言語化され、感情化され、ジェンダー化された、つまり愛着対象への変形された「欲求」(自分のものにしておきたい、思うようにならない感情のはけ口等)だと理解できます。
社会的対応としては、対人暴力をともなうので、毅然とした第三者の介入による被害者の救済が危機介入として必要ですし、さらに分離の後には、心理社会的な行動変容への支援による加害者への更生的な援助が必要となります。その手法や技法や理念はすでに民間の援助者により開発され、実践されています。
このDV加害への対応の幅は広いと考えられます。触法性の高い行為への刑事罰的対応から、「大人の非行」とでも形容できる教示的な対応レベルまでの幅があるのです。
体系化すれば、相談、指導、教育、指示・教示、介入・処置、矯正、更生として整理することができます。家庭内でしか暴力を振るわない者もいれば、家庭内外で粗暴な者もいます。
後者のようなタイプの加害者は狭い意味でのDV加害者向けのプログラムには不向きです。脱暴力・非暴力への行動変容の手がかりは、こうしたDV加害の行動的、コミュニケーション的特質を把握し、対人暴力を止めさせる援助です。彼らの心理的問題はそれからの対応となります。
男らしく構成され、意味づけされた加害行為を是正するには、行動的、認知的、技術的(怒りマネジメント的アプローチ)、そして相互作用的、心理的という具合に連続する更生援助のための体系化が必要です。
先に紹介した加害男性同士のグループワークはなかでも大切な契機となります。それはグループワークが異なる男性性の気づきを促すからです。
あるいはグループワークが既存の男性性とは異なることを体験し、認識する格好の場所となるからです。男性がこの社会で生きていく過程で身につけている価値観や行動パターンのなかには、暴力を肯定する側面があります。
そして、感情面では、ストレスや困難に直面したとき、きちんとそれを表現することにも慣れていないことが多く、喜怒哀楽を表に出すことをよしとせず、行動化してしまうこともあります。
女性を低く見る価値観を内面化している男性もまだまだ多くいます。DVの背後にあるこうしたジェンダーの意識も見直しが求められています。
そして何よりも重要なことは、予防です。暴力なしで暮らすことを当たり前のこととすることです。
若い人たちがデート中におこす暴力があります。意に添わないセックスの強要も見られます。男の子が嫉妬してつきあっている女の子の携帯電話の通話記録を見せろと迫ることもあります。
こうしたことはDVと類似しています。恋人間暴力といいます。そこまでいかなくても、若い時から、暴力のない男女関係や同性同士の関係(男性と男性の間の暴力もあります)を気づいていくことが何よりも大切なので、家庭や学校での教育が必要です。
中村 正
立命館大学教授
ドメスティック・バイオレンス
古くて新しい家庭の問題
こころの健康シリーズIII
メンタルヘルスと家族
日本精神衛生会
平成18年2月