世界に広がる嫌米感 | 月かげの虹

世界に広がる嫌米感


2003年3月20日にブッシュ米大統領が踏み切ったイラク戦争開戦から3年。今、イラクは宗派や民族の対立が深まり、内戦すら懸念される危機にある。単独行動主義と先制攻撃ドクトリンが失敗した米国の威信は失墜。

イスラム教徒をはじめ世界で嫌米感が広がる。冷戦後の米一極化の世界秩序は、米国の求心力低下で漂流を始めた。米国内からも「ベトナム戦争よりひどい失敗」(オドム元国家安全保障局長)との声が出始めた。

最近の世論調査で、米国民の6割が「イラク戦争は過ち」と答えた。ブッシュ大統領は「戦争は正当」との立場を崩さないが、今月11日の演説では「果たしてこの戦争は戦う価値があったのか、国民が疑問を抱いている」と認めざるを得なかった。それほど米国民のいら立ちは強まっている。

開戦の大義だった大量破壊兵器は見つからず、世界各地での凶悪なテロは戦前より飛躍的に増加、テロ封じ込めの思惑も完全に外れた。

「自由と民主主義の拡大」も停滞している。中東ではイラクでのイスラム教シーア派主導政権発足を機にイランの影が急速に広がり始めた。

核開発で米国に挑むイランは、原理主義勢力ハマスが躍進したパレスチナ、さらにシリア軍撤退後のレバノンでも影響力を拡大している。

高騰する石油価格は、先進国のアキレス腱となり、米国は中東政策で手を縛られた。嫌米感、イスラム主義の魅力を背景にしたハマスの躍進になすすべもないブッシュ政権は、中東和平の進展をあきらめつつある。

米国の求心力低下は欧州で明らかだ。イラク戦争で鮮明になった軍事力行使への考え方の違い、国連や京都議定書など国際枠組みへの対応の差。北大西洋条約機構(NATO)も形骸(けいがい)化した。

ロシアも米国離れが著しい。プーチン大統領は石油事業を掌握、超大国復活への夢を膨らませている。ブッシュ政権は「独裁への逆戻り」とされるプーチン流の強権統治に見て見ぬふりだ。

イラク戦争は日米関係の強化をもたらしたが、山口県岩国市の住民投票結果に見られるように、米国の「押し付け」にノーを突きつける住民意識が根を下ろし、米軍再編を困難にしている。

核など大量破壊兵器保有の疑いを理由にフセイン政権を打倒しながら、インド、パキスタンの核保有を黙認し関係を強化する米国の二重基準に、批判が強まっている。

米国は北朝鮮の核問題での6カ国協議重視、米中関係の枠組みづくりなど、多国間外交、大国間外交に軸足を移したが、イラクの混迷に象徴される威信低下で、成果を上げられない状況が続いている。(杉田弘毅・共同通信ワシントン支局長)

イラクでは戦後、旧フセイン政権下で目立たなかった宗教や民族の違いに根差した対立が激しくなっている。

イスラム教シーア派の民兵組織が牛耳る内務省の特殊部隊が、かつて政権の中枢を握っていたスンニ派住民を虐待している実態も次第に明らかになっており、お互いの憎悪は深まるばかりだ。

首都バグダッド西部のジハード地区。昨年5月28日未明、アデル・ラウィさん(36)の自宅に武装した男たちが侵入した。「私は軍の将校だった」。

ラウィさんが名乗ると、内務省の特殊部隊「狼(おおかみ)旅団」の肩章を付けた指揮官は「おまえがテロ組織に属しているとの情報がある」と告げた。

目隠しされ、車に乗せられた。到着したのはバグダヅド南部の狼旅団の施設。先の指揮官に呼ばれ、ラウィさんが進み出ると、いきなり足をけりつけられた。夜が明けた後、別室で尋問を受けた。

旧政権時代は防空部隊の大尉で、スンニ派武装勢力とは無関係だと説明しても納得してもらえない。「テロ組織の指導者だと白状しろ」と、両手をロープで縛られ天井からつるされた。拷問は6日間続いた。「人に見られないようトイレで泣いた」

約120人の別の集団が連行されてきた。ドリルで両手両足、体中に冗を開けられたり、電気ショックで両足が麻痺した人物を見た。取り調べに当たった係官らはスンニ派主体のフセイン政権時代に虐待されてきたシーア派。

「尋問官は楽しそうだった」。拘束者の中にはシーア派も2人いたが、すぐ釈放された。拘束から18日後、一緒に連行された弟3人とともに釈放された。

「父親が車2台と宝石類を売って1万5千ドル(約180万円)を支払った」。いとこが要求通り、現金を詰めたタイヤを早朝、高速道路上に置いた日から5日後のことだ。

「今度見つけたら殺す」。尋間官の言葉に今もおびえ、ラウィさんは自宅から少し離れた友人宅に間借りする。週に2度、妻や生後9カ月の娘がいる自宅を訪ねる。釈放後、治安のよい北部クルド人自治区の建設現場で働く弟たちからの仕送りが頼りだ。

「スンニ派の元軍人は皆フセイン元大統領の支持者だと思われている。旧政権で将校だったことが罪なのか」。シーア派主導の支配体制への憎しみは募るばかりだ。
(バグダッド共同=ファラハド・ジャフ通信員)

2006年3月19日付け
高知新聞朝刊