児童の性的虐待 | 月かげの虹

児童の性的虐待


特に性的虐待は、欧米の研究から子どもに対する影響が強いことが明らかになっている。1月号特集では触れられていなかったので、もう少し詳しく知りたい。(30歳、勤務医)

たしかに性的虐待は、子どもの心への影響が非常に強く、また複雑であることが、欧米の種々の研究から知られている。

わが国では、専門家間では問題視されてきたが、非常にデリケートな問題でもあるため、マスコミが取り上げにくく、特殊な出来事として話題になりにくかった。

しかし、日本でもそれほど少ないものでないことが明らかになってきている。その具体例は、性交のほか、性器や乳房に触れる、裸にして眺める、被写体とする、成人の性器や性交場面を見せる、ポルノ写真や性的ビデオを見せる、卑猥な言葉を投げかけるなど、子どもの年齢に対し、過度に性的な刺激となる行為全般を指している。

また、児童虐待防止法の子ども虐待の定義は、『保護者あるいはそれに代わる人からの心身の暴力やネグレクト」と、比較的狭い。

しかし、欧米で性的虐待(sexual abuse)といったときには、保護者に限らず、子どもにとって権威をもった人つまり、親戚・教師・年上のきょうだいなど、その他すべての大人からの性被害を"性的虐待"とよぶ。

ここでは、性的虐待に対する医療機関での発見と初期対応について述べる。

性的虐待の発見

性的虐待をはじめ、子ども虐待に対しては、早期発見・早期介入が重要で、発見には不自然さを感知することが鍵となる。

性的虐待は、子どもが打ち明けることで発見されることが最も多い。特に、学校で教師や養護教諭に打ち明けることでの発見が多い傾向がある。

医学的には性器裂傷があるときには性的虐待を強く疑う。性器裂傷で来院する際に、親は机の角にぶつけた、鉄棒にまたがった形で落ちたなどの言い訳をすることが多いが、膣裂
傷は性的虐待以外で起きることはほとんどない。

大陰唇やその周囲に小さな裂傷や打撲か起きることが非常にまれにはあるが、着ていた下着の形状などを聞き、本当に起きうることかどうかの判断が必要となる。

性感染症はもちろん、一般細菌の性器感染症は性的虐待を疑わなければならない。思春期前の子どもの膣は自浄作用が少なく、性的虐待やそのための自慰による物理的な刺激で膣感染症が起きることがある。

低年齢の子どもでは、年齢不相応な性的言動がその発見につながることがある。特に注意が必要なのは自慰行為である。

幼児期の自慰は普通でもありえると教科書に書いてあるが、自然に覚える自慰はうつ伏せで身体をゆすったり、ソファーの角に性器を押し付けたりするのに対し、性的虐待によるものは、他人の手を自分の性器に持っていったり、的確に指を膣に入れたり、他人の身体の一部を使ったりすることが多い。

また、他人の服を脱がせようとしたり、他人の性器を触ろうとしたりすることもある。子どもが描いた絵から、性的虐待が明らかになることもある。

思春期以降では、妊娠で医療機関を受診することがある。親がついてきて見張っているときなどは注意が必要である。

また、思春期の子どもたちは、家出、性的な行動化、性の対象を次々に変える、などの行動上の問題を伴ってくることがある。

さらに、性的虐待を受けた経験は、薬物やアルコールなどへの依存やうつ、そして人格の偏りにつながる危険があるといわれている。

性的虐待に対する医学的評価

性的虐待が疑われる子どもに関する医学的評価は、以下の手順で診察や検査を行って実施する。

性的虐待があったときには、性器の診察および性感染症の精査を行う。特に病原体に関する知識や検査は日進月歩なので、必要に応じ専門科に相談したり、米国疾病予防センター(CDC)のウェブなどで確認したりする必要がある。

精査の目的は、子どもの医学的状態を明らかにし、必要な治療を行うためだけではなく、事実の確認や司法などにおける証拠を確立するためでもある。

1)問診
問診は親子別々に聞くことが必要である。誘導尋問にならないように心がけ、根掘り葉掘り聞くことは避ける。疑いがあるだけで十分であり、それ以上は専門家の司法面接に任せることでよい。

2)全身の診察
性的虐待を受けた子どもは、裸になって他人に診察されることに強い不安を感じる。ときにはフラッシュバックを起こすこともある。十分に説明しながら、衣服の着脱は他人に見られないように気を配り、ガウンやバスタオルを使って、診察前にはどこをどのように診察するかを話して了解を得ることで、不安を取り除きながら診察する。性的虐待が他の虐待を伴っていることも多い。身長・体重の測定はもとより、全身をしっかり診察することが重要である。特に性的虐待と関係があるのは、性器や肛門周囲の外傷や大腿内側の外傷である。

3)性器の診察
性的虐待によって性器に所見があれば、それは強い証拠となりえる。しかし、性的虐待による性器の所見は1~2週間のうちには全く存在しなくなることもあり、性器に所見がないから性的虐待がなかったとはいえない。膣内の精液の採取や精液のかかった可能性のある衣服の保存などが必要になる。そのような診察や精査は専門の婦入科医が行うことが望ましく、婦入科受診が必要となる。性被害を受けた子どもの精査を手がけている婦人科医が身近にいないときには、保健所や民間団体(子どもの虐待防止センターhttp: //www.ccap.or.jp/など)に相談してみるのも一法である。診察は、仰臥位で膝を床に付け、両足底をあわせる蛙位と、腹臥位で胸を床に付け、両足を開いて膝を付いて腰を上げる胸膝位での視診を行う。性的虐待に対する診察は、両陰唇を開いたり、肛門周囲の皮膚をひいたりして、視診を行うだけで十分である。指診や、膣や肛門の開口器の使用は、無意味なだけでなく、子どものトラウマを大きくし、あるいは逆に所見をわかりにくくしてしまう危険性もある。それ以上の診察が必要な場合には、専門性の高い婦人科医に任せるのがよい。性器にタバコの火を押し付けられたり、その他の外傷を負わされたりすることもまれではない。診察する医師は、できるだけ虐待者とは逆の性を選ぶべきで、男性が虐待者となる場合が非常に多いので、女性が望ましい。しかし、泌尿器科の精査が必要な場合、女性の医師を探すのは困難であり、そのような場合には女性の看護師が付き添い、フォローする。男子にとって肛門への性的虐待は非常に強い不安の原因となりえ、診察が二次的トラウマとなることが多い。特に肛門の診察は女性の場合と同様、性器の診察以上に心理面への注意を要する。十分な説明と同時に、子どもの自尊心を十分に尊重しながら、行われるべきである。

4)性感染症のチェック
性的虐待が疑われるときには性感染症のチェックは欠かせない。胎盤感染や産道での感染を除き、思春期前に性感染症が発見されたら性的虐待の疑いは濃厚なものとなるし、早期の治療が必要になることもある。

5)記録
他の虐待同様、子どもや親の言動をできるだけ記録しなければならない。必要に応じて医療所見をもとに診断書や意見書を書く。虐待を診断できなくても、所見を明確に述べることが役に立つ。

通告と虐待者からの分離

性的虐待が疑われたときには他の虐待同様、児童相談所に通告をする。特に、本人が打ち明けたときには、虐待者の元に帰すことは絶対に避けて、安全を守らなければならない。打ち明けたにもかかわらず、虐待者の元に帰されることは無力感を生み、その後に虐待を否定してしまうこともある。

司法面接

性的虐待の場合には、子どもを守るためにも司法関与が必要になることが多い。したがって、早期から司法面接を行っておく必要がある。司法面接はビデオ撮影をしながら、1-2回の面接で、客観的事実をつかむための面接である。誘導にならないように、オープンエンドの質問を行い、子どもの経験を確かめていく。低年齢の子どもでは男女の裸の絵や性器のついた入形(anatomically correct doll)が使われるが、普通の人形でも役に立つこともある。司法面接は臨床面接と異なり、内的真実やそのときの感情を重視するのではなく、あくまでも客観的真実を求めるものである。そのときのテレビ番組などを聞くことで、日時を特定できる場合もある。司法面接は必ずしも医療で行われるものではないが、司法面接の可能性を考え、初期の段階では深く聞きすぎたり、誘導したりするかたちの質問を避けなければならない。

(国立成育医療センターこころの診療部部長 奥山眞紀子)
薬の知識 6月号
June 2005 Vol.56 No.6
ライフサイエンス出版