ウエストサイドワルツ | 月かげの虹

ウエストサイドワルツ


銀幕の美女から舞台へ、紛れもない大女優の道を歩んで来た人である。今までに多くの役を演じているが、この役は彼女にとって初の翻訳劇であり、初の「老け役」でもある。

ファンにとってはショックかもしれないが、女優として新たな境地を拓こうとした意欲の結果、選んだ役だ。孤独でプライドの高い、音楽を愛する老女、マーガレットとは言っても、70代の役であり、今の感覚では老女と言ってはかえって失礼にあたるかもしれない。

知性の溢れた、理性的な女性である。マーガレットには50代、30代の同性の友達がいる。それぞれに悩みを抱え、彼女のもとを訪れ、喧嘩もするが心が通じもする。

一昨年(2004年)の初演の時は、「老ける」ことに手一杯の感があったが、今年の再演ではグンと芝居に深みが出た。自然に老けることができ、その老いを生きる中で感じる孤独、そして孤独の受容と共存。人との関係。そこまでを掘り下げて見せてくれたことに再演の意味があった。

和服の似介う女優である彼女が翻訳劇を演じた、というのもある意味ではエポック・メーキング的な意味合いを持っている。今までの彼女のイメージにないものだけに、手探りの部分もあったかもしれない。

しかし、それをも自然に演じて見せた。彼女が感じさせる美は、知性に裏打ちされている。こういう個性を持った女優はそう多くはない。そこに彼女の魅力があり、役者としての振幅があるのだ。

この芝居の日本での初演は杉村春子だった。もう20年余も前のことだ。若尾と杉村では女優としてのイメージが全然違う。それに挑戦し、別のイメージを創り上げた若尾文子が、これからどういう女優としての道を歩んでいくのか。振幅を広げた若尾文子の次の挑戦、が楽しみである。

中村 義裕「どうしても書きたい役者」
その34 若尾文子

写真提供:谷古宇正彦