りんごの花咲くころ
「津軽を訪ねたいが、いつが一番いいですか」と聞かれると、「リンゴの花咲くころ」といつも言っている。
「リンゴの花は、近くで見れば淡いピンクと薄い白の花であり、遠くから見れば白い花ぐもりであり、山河が全体として匂ってくるようである。それが津軽の春である」医師であり政治家、津川武一の小説『綱子のりんご日記』の一節である。
弘前市石川から岩木町百沢まで20kmにわたり、リンゴ輸送基幹道路「アップル・ロード」が通っている。この道路の両側には一面にリンゴ園が広がっており、岩木山を背景に四季折々美しい変化を示す。
特にリンゴの花咲くころは最高で、世界に誇るべき景観だと思う。リンゴ栽培種の花は、前年の夏に短枝に形成された花芽から、1カ所に5、6個の蕾がつき、その中心から咲き始める。
開花から花が散るまでの期間は10日くらいである、花は5枚の花弁と16-20本の雄しべ、1本の雌しべからなっている。リンゴの花は完全に雄しべと雌しべが同居しているが、自分の花粉では受精できない。相性のよい雄を得なければならず、その手助けをするマメコバチは縁結びの神である。
マメコバチは津軽地方に古くから分布していたもので、かやぶき屋根のアシ筒に巣を作ることが農家の間ではよく知られていた。子供たちはこのハチの巣を割って中の花粉の塊を食べていたという。
花粉の塊がきな粉(豆粉)のような色と形をしていたところからマメコバチの名称がついたともいわれている。和名はコツノツツハナバチだったが、リンゴ授粉への利用と研究が進む過程で地方語であるマメコバチが正式和名となった。
マメコバチがリンゴ授粉用に飼育されてから約60年、普及技術に移されてから37年経過した。現在、県下リンゴ園の約80%で利用されており、結実確保や良品生産に欠かせないものとなっている。青森県のリンゴ農家は訪花昆虫利用の点では、間違いなく世界の最先端をいっている。
リンゴの花の色は白地に紅色を帯び、この紅色の程度は品種によって異なる。果実が赤く色づく「ふじ」の花は白っぽく、黄色品種の「陸奥・王林」の花の方が紅色が鮮やかである。
リンゴの仲間として、春の花や秋の果実を賞でる「観賞用マルス」にも多くの種や品種がある。観賞用マルスはアメリカ、ヨーロッパでは「クラブ・アップル」と呼ばれ、寒冷地での庭木や街路樹として普及している。
花の色は純白、ピンク、赤紫と変化に富み「バン・エセルタイン」のよっに花弁が大きく15枚もある八重で、とてもリンゴの仲間と思えない品種もある。
リンゴの花言葉にはいろいろある。そのひとつに「清純」があるが、一番ぴったりする。
2005年8月に地元から214頁のカラー版「青森県のりんご 市販の品種とりんごの話題」(北の街社)が出版された。
ここに登場するリンゴの品種は157種、著者の杉山芬・雍ご夫妻がいずれも県内で購入したり、農家から直接手に入れたものである。
そのリンゴを食べたり、眺めたりしたときの感想や品種の来歴などが・美しいカラー写真と平易な図解で記載されている。どの頁からも、リンゴの香りが漂ってくる、
こんなに多くの品種をそれぞれの旬ごとに楽しむことができるのは産地に住む者の特権である。品種の多さに驚かれた方も多いと思うが、市場に受け入れられるものは限られている。
毎年5~6種類もの新品種が登場しながら、そのほとんどが知られることもなく姿を消していく「リンゴ」と一言で言っても、品種ごとに色・形・味・香すべてがそれぞれ違う。
新しい仲間を味わってもらう機会がないことを、今雪の中でひっそりしているリンゴたちはど帽っているだろう。
一木 茂「りんごの国から」
(元青森県りんご試験場場長)
<取材協力>
(財)青森県りんご協会
青森県農林総合研究センターりんご試験場
青森県農林水産部りんご果樹課
大塚薬報 2006/No.612
1・2月号
大塚製薬
¥300