林檎と苹果 | 月かげの虹

林檎と苹果


スーパー、デパート地下、果実専門店には季節に関係なくさまざまな果物があふれている。平成15年の総務省家計調査によると、年間1人当たり生鮮果実購入数量は30.3kgである。昭和62年と比較すると20%減少している。

そのうち、リンゴは4.6kgを占めるが、世帯主の年齢別にみると、60歳以上世帯は7.9kgであるのに対して、30歳未満世帯ではわずか1.lkgにすぎない。

日本の果樹産業が低迷していることがよく話題になるが、その最大の原因は果物消費量の歯止めのきかない減少にある。これはまさに危機的状態で、産地の崩壊につながりかねない。

日本食品標準成分表を見ても、リンゴにはほかの食品と比較して特徴的な成分は見当たらない。しかし、「1日1個のリンゴは医者を遠ざける」という格言は、科学的に証明されつつある。

もっとリンゴを食べてほしい、日常の中でリンゴが話題になってほしいという願いをこめた産地からのメッセージである。

「りんごは日本語としての響きがうつくしい。賞でて発音すると、赤くて果実のはちきれそうなりんごが、まるまると目の前に生まれてきそうな感じがする」

司馬遼太郎の『街道をゆく41、北のまほろば』の中にある言葉である。平仮名の「りんご」は行政用語などに、片仮名の「リンゴ」は植物用語、新聞用語として用いられるが、人それぞれの好みもある。

漢字では「林檎」と表記されるが、これは中国で古くから栽培されていた果物だからである。日本にいつ伝わったのかわからないが『木草和名(918年頃)』には、すでに林檎という名が出てくる。

平安中期の漢和辞書『十巻本和名抄・九』には「林檎<略>利宇古宇(りうこう)とあり、「リンゴウ」と発音していたとも考えられる。

中世以降はリンキ・リンキンの形も見られ、リンコウから次第にリンキン・リンゴのように発音形に移っていったようである。<語源大辞典・小学館(2005)より>

今は日本語としてほとんど姿を消したが、リンゴの漢字表記に「苹果」(へいか)がある。少しうるさく言えば、林檎と苹果は区別されるものである。

藤井徹『菓木栽培法(1876)」には、林檎と苹果(オオリンゴ、セイヨウリンゴ、英語のアップル)は同一種であるが、林檎はわが国在来のもので、苹果は近年外国から入ってきた新種であると記載している。

青森県においても1890年代ごろまでは、アップルを西洋リンゴと呼び、在来の林檎は地林檎(和林檎)と鮮明に区別していたという。

地林檎は直径5cmぐらいの大きさで、赤く色がつきお盆に仏前に供える果物として大事なものであった。これは外国でいうクラブアップルに相当する。クラブとは渋いという意味である。

西洋から入ったリンゴを西洋林檎とせず、分かりにくい苹果と表記するのにこだわったのは、リンゴを最初に導入した弘前の士族であった。

林檎は昔から農家の庭先に植えられていたものであり、自分たちが導入して作ったリンゴは農家のまねをしたものではないという士族の誇りと教養が苹果(中国語で西洋リンゴのことをいう)としたようである。今でいう差別化簡品である。

青森県に現存する最も古いリンゴの樹は、つがる市柏村桑野木田にある。品種は「紅絞」2本、「祝」1本で樹齢128年である。もちろんわが国最古のリンゴ樹で、1960年11月11日、樹齢82年の時、育森県指定文化財(天然記念物)に指定された。

小学校社会科の教科書にも紹介されたこともあり、全国各地から年間5000人以上の人が訪ねるという。樹の高さは7.4m、幹の周囲は3mもあり、樹の広がりは3本で600㎡以上にも達する。収量は1樹当たり800kg程度もあり、そのリンゴは「長寿リンゴ」として、近隣の老人ホームに寄贈され喜ばれている。

128年も津軽の厳しい風雪に耐え、今なお立派なリンゴをたくさんならせている姿を見ると、神々しいまでの美しさとたくましさを感じると同時に、育森リンゴの生き証人だという気がする。

このリンゴ樹は、3代目の古坂貞夫さんが亡くなった後、奥様が精魂込めて管理している。ぜひ多くの人に見てもらいたい。

古坂さんは生前、次のように述べている.「台風が最も怖く、台風情報にはいつも耳を傾け、来襲時にはすぐ畑に行き、たとえ周りの自分の樹のリンゴが落ちたり、樹が倒れたりしても、この3樹を守るために懸命になる。

朝まで被害を防ぐことに頑張ったことは何度もあった。雪害を防ぐことにも気を使い、冬は毎日のように雪下ろしを行っている。またこのリンゴの樹は親が残してくれた財産であり、樹を見ているとご先祖様が目に浮かびます。先祖があって今の白分があるのです」

感動的な言葉である。青森のリンゴは、このような父子相伝の情熱と技術によって支えられている。

注:1871年、北海道開拓使は、アメリカで育成されたリンゴ75品種を導入した.その中に、国光(Ralk Janet)、紅玉(Jonathan)、紅絞(Fameuse)、祝(Amcrican Summer Pearmain)があった。

一木 茂「りんごの国から」
大塚薬報 2006/No.612
大塚製薬