アンパンマン意外な展開
自分で言うのは自慢みたいでいやな感じになるが、ぼくのような高齢になって(現在87歳)漫画というような浮沈の激しい世界で現役一線で仕事している作家は世界的にも珍奇な例ではないかと思う。
戦争のせいで出発が遅れたのと、才能が非常に貧しかったから、なんとかこの世界で認められた時には既に60歳だった。いくら遅咲きでも遅過ぎるので、本当にみっともない。
実はぼくとしては老人がんばるみたいな晩年はいやだなあと思っていた。老境に入れば、枯淡の世界に入り、静寂に閑居して、「晴天好日、天下太平、色即是空、ハハ呑気だね若者よ働け」が望参だった。
ところが現実は全く逆で、繁忙の毎日、仕事の量は増え、インタビューがほとんど連日あり、ついに専用のインタビュールームをつくるなんていう馬鹿げたことになった。
おまけにステージで派手な礼装で踊ったり歌ったり、ほとんど狂気の振る舞い。もちろん年齢相応に肉体は老いているから、眼、耳、身体、すべてボロボロ。
1年のうち満足に動いているのはわずかで、入退院のくりかえし、病院ではすっかり顔なじみができて常連さんになってしまった。
いろんな仕事をしているが、なんといってもメーンの仕事はアンパンマンである。ありがたいことだとは思うが、何をやってもアンパンマンで、たとえばトークショーを依頼されてもアンパンマンをださないと後からクレームがくる。
「なぜアンパンマンをださないのか、うちの子どもが退屈して大変だった。反省してほしい」なんて書いてある。
ぼくの仕事はアンパンマンだけではない。それに本日のトークショーは趣旨がちがうと思っても反論できないんですね。
アンパンマンは子どものアイドルだが、作者のやなせたかしは単なるヨボヨボおじさんだから、完全に作者の影は薄い。
先日も千代田区の福祉まつりで講演を依頼されたが、苦い経験を何度もしたので、最初からアンパンマンの着ぐるみをだして、歌ったり踊ったりのコンサートにした。
超満員の会場は熱気がムンムン、老若男女幼児にいたるまで大よろこびでしたね。ぼくもハッスルしてバイキンマンとチャンバラして踊ったりしたものだから、終わると息がはずんで、足腰痛むし、アイテテだったが、後で感謝状いただきました。
まあね、時には反省してなんたる愚行か、少しは恥を知れと思う時もあるが、所詮とても万人に尊敬される大芸術家ではない。
この仕事はサービス業で、なんとかして人をよろこばせたいということに専心する。もっともやり過ぎるとかえって媚を売る感じでいやらしくなるから、ほどほどにする。
いずれにしてもぼくの人生の晩年は本人が一番びっくりの奇妙な展開になりました。
やなせたかし「意外な展開」
2006年2月18日付け
高知新聞夕刊
オイドル絵っせい(146)