ときに身が震えた | 月かげの虹

ときに身が震えた


近代日本(とくに昭和史)の史実を検証してきて、結局3つの心構えを私なりに見いだした。大まかにいえば、

(1)人は生きる時代を選べない
(2)戦争は非人間的な政治行為だが、それを日本人の国民的性格にすりかえてはならない
(3)ある時代の国策が不適当だからといって、日本の歴史総体を否定する権利は私たちにはない

ということなのだが、この心構えを土台に据えなければ歴史を肌身で実感することはできないのではないかと思う。

私なりに見いだしたこの心構えをさらに補完したり、より深い教示を与えてくれる書がないかとこの何年か探し求めていた。とうとう出会ったと実感したのが、この書である。

手にとり頁を開いていくにつれ、著者の思いがすぐに伝わってきた。私の心構えが見事なまでに解説されていて、ときに身の震えも感じられたほどである。

この書は編集者の質問に著者が答える形になっているが、要は著者の歴史観、人生観、そしてなによりも人間分析の濃密さがわかりやすく説明されている。

さまざまな分野の知識や歴史上のエピソードなどで著者の見方が説得力をもって迫ってくると同時に、日本人の陥りやすい思考の罠に警告を発していることに気づく。

印象にのこる指摘が幾つもあるのだが、例えば、日本にはなぜ世界征覇の野望に燃える英雄が生まれなかったのか。

風土条件もよく地政学的にも恵まれていたからだが、こうした条件をよく精密に考えていくと、日本人のもともとの発想や考え方は、きわめて穏和でバランスもとれていて、文化的な奥行きは深かったという理解をしてもおかしくはない。

本書に刺激されての私なりの理解になるが、なぜ日本は近代にあってそうした文化や道徳をなし崩しにゆがめる方向にむかったのかが誠実に検証されなけれぱならない。

著者は、「この世界にはわれわれ日本人とは、かなり基本的なところで大きく異なっている世界観・人間観を持って生きている人々が実際にいるのだ、ということを改めてはっきりと認識すること」が大事だという。

昭和前期の軍事指導者のなかにはこのあたりまえのことを忘却している者が多いことにも気づかされる。

本書は、「日本という国は建国以来明治後期までの1300年という長い間に、わずか7年あまりしか外国に出かけていって戦争をしていない」という事実。

その間ヨーロッパから中国までのユーラシア大陸では戦争に明け暮れていたとの事実をあげつつ、ただ日清戦争から敗戦までの50年だけ戦いに終始した異常な空間となるわけだが、ここに各国の日本批判のポイントがあると指摘する。

この批判にどう答えるべきかも著者は整理して明かしている。含蓄に富む考え方である。

保阪正康「ときに身が震えた」
ほさか・まさやす 
ノンフィクション作家
波 2006年2月号
新潮社
¥100

鈴木孝夫『日本人はなぜ日本を愛せないのか』4-10-603559-6